March 2010

杉本博司「あえて伝統的手法からみる」後編(1/2)

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前編より

和の問題を引き継ぎたい

藤村:堀口的な視点に興味がおありなんでしょうか。

杉本:そうですね。堀口がやっていた茶室の研究は村野藤吾もやっていましたし、あとは吉田五十八ですね。この3人は、個人住宅のレヴェルでは、どうやって生活スタイルの中にモダニズムを融合させるかということをずっとやってきた訳ですね。そのなかでも、堀口捨己が一番好きなんです。吉田五十八が影響としては一番強いと思います。今の一般住宅でさえ、なんらかの影響を与えていますからね。障子の単純化とか、腰板がない障子などは吉田五十八の真似ですからね。村野さんは、商業主義的なものも入っていますけれども、京都都ホテルの「佳水園」のように良いものはあるんですね。村野藤吾は銅板葺きの破風の処理なんかが一番上手いと思うんですよね。このあたりの和の問題っていうのはこの三人で切れちゃうような気がするんですよね。白井晟一もちょっと違うように思うんですよね。
なので、そのあたりをもう一回引き継ぎたいという気持ちが僭越ながらするわけです。「小田原文化財団」が掲げる目的のひとつは、堀口捨己、村野藤吾、吉田五十八の実績を、もう一回現在の視点で咀嚼し直して、和風建築に今だったら何ができるかを考えたい。




藤村:「和の問題を引き継ぎたい」という意思は、どのように生まれたものなんでしょうか。

杉本:磯崎さんもそうかもしれないども、海外でほとんど大人の時間をすごしてしまって、自分なりの「日本とは何か」という問題を考えざるを得なかったということがありました。村上隆の「スーパーフラット」ではないですけれども、いわゆる表面の問題などはいい例です。日本の工法はもともと「表面」という意識はなくて、モノを切った「断面」が表面だということしか材料的にはなかったわけです。漆喰にしても土壁にしても石にしても、みんなそうですからね。ところがテクノロジーの発達で、「疑レンガ」とか「疑石」とか、全部疑いがつくということになってしまった。こういう表面的な文化はある意味ポップカルチャーになるわけですが、その村上的な表層的なものが、ある意味では現代を象徴しているみたいにみられて来たわけです。でもそれは日本の文化何千年の歴史のなかでは、一過性のものにすぎないような気がするんですよね。

後編 1・2