February
2010
特集「設計プロセス論の現在」
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松川昌平「アルゴリズミック・デザインにおける『都市2.0』システム」


松川昌平氏は現在、ハーバード大学GSDにて建築分野におけるアルゴリズミック・デザインやコンピュテーショナル・デザインの研究を行っている。建築設計プロセスにおける人間とコンピュータとのありうべき関係性や、建築の計算可能性や不可能性を問うような、比較的新しい研究分野である。筆者はこれまで、松川氏と建築設計におけるアルゴリズミック・デザインの応用可能性について継続的に議論を重ねて来たが、ここでは主に、アルゴリズミック・デザインにおける都市像=「都市2.0」にフォーカスして意見交換を行った。
聞き手=藤村龍至
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藤村→松川
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磯崎新さんは、「『1995年以後』の世界では、技術的には新しい可能性が見え、日常生活のある部分についてはそれらが実装されたが、旧来の規範とのギャップがいろいろなかたちで露呈し、メディアアートの衰退などをみるにつけ、新しいメディアをベースとした技術は部分的に後退した」と分析され、建築家を含む、「遺ってしまった」旧来のシステムを総称して「レガシー・システム」と呼ばれていました。
「レガシー・システム」があちこちに遺っている現状は、情報技術の実装(便宜的に2.0化と呼びましょう)して行く立場からすると暗雲立ちこめる状況なのですが、「ねとすた」で東さんが「便利な2.0システムを旧来のレガシー・システムの脇に構築してしまえばよい、そうすれば自然に移行する」と言っていて、なるほどなとも思いました。
2.0システムを参照しつつ、レガシー・システムとの調整を図るというのがこれまで自分の戦略だったのですが、ある程度前提が共有されてきた2010年代は2.0システムをわかりやすく視覚化して提示することも重要なのかなと思っています。
今年はメタボリズム50周年ということもあり、都市について考えられればと思っております。松川さんは、都市2.0像についてはどうイメージされていますか。
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松川→藤村
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一枚の完成パースによって都市の未来像を描く限界
「都市2.0像についてはどうイメージされていますか」という質問からは、「都市は設計可能ですよね」という含意が伺えますが、ある設計者が一枚の完成パース(静止画)によって都市の未来像を描くこと(=レガシー・システム)には限界があることをまずは確認しておいたほうがよさそうです。その限界を指摘した論考のひとつが1965年に発表されたアレグザンダーの「都市はツリーではない」[*1]だと思います。だから、「一九六〇年代、(中略)アトリエ派は都市から、組織派は批評から、それぞれ完全に撤退してしまった」[*2]。ここまではお互いに共有していると思います。
例えば、東京全体を俯瞰するようなスケールで見たときには、すでに十分に魅力的な都市だなと思っています。少なくとも僕にとっては、多様性があって複雑で、それでいて機能性や合理性も兼ね備えている。明らかに人工的に作られたモノだけれど、大きなスケールでみれば自然や生命のような様相が見て取れる。そういう意味で、メタボリズム建築は50周年を前にして、建築のスケールではなく都市のスケールで正しく「新陳代謝」されたのではないかと捉えています。
都市の構成素
うる覚えなので正確さには欠けますが、エルヴィン・シュレーディンガー『生命とは何か』[*3]の中で、生命の最小構成素を細胞としたときに、人間のような複雑な現象を実現するには、今くらいの大きさが必要だったというような記述があったように記憶しています。建築を生命のアナロジーで捉えた時に、建築の構成素をカプセルではなくてもっと小さな単位で捉え直すという可能性は、個人的にはまだあるだろうと思っています。ただ現状を見ると、都市を生命のアナロジーで捉えたときには、都市の構成要素はカプセルではなく建築だったということではないでしょうか。
twitter[*4]のTimeLineのように、
それぞれが見たいと思う都市像を、
動的に産出するようなシステムを構築することは可能か
もう一度強調しますと、東京が僕にとって魅力ある都市なのは、ある設計者が一枚の完成パース(静止画)によって、トップダウン的に都市の未来像を描いていないからです。ですので、藤村さんがいわれるような都市2.0システムをわかりやすく提示するために、「都市2.0像のイメージは?」という問を、より具体的に「twitterのTLのように、それぞれが見たいと思う都市像を、動的に産出するようなシステムを構築することは可能か?」という問にすり替えてみます。トップダウン的に表層の静的な都市像を制作するのではなく、ボトムアップ的に深層のアーキテクチャから動的な都市像を生成することができるだろうか?ということです。
そのような新しいシステムの実装イメージを具体的にここで提示することは、10年ごとに決まって行われる未来予測のように、後に振り返ると苦笑せざるを得ないのは必至ですが、議論するためのたたき台として、思い切って未来に向かってフィードフォワードしてみます。ここから先は、完全に僕の妄想の世界ですが、ご笑覧下さい。
ユニバースからメタバースへ
現在、アーキテクチャという言葉が使用されている分野は主に3つあって、(1)建築設計としてのアーキテクチャ、(2)情報設計としてのアーキテクチャ、(3)社会設計としてのアーキテクチャがあります。そして、そのアーキテクチャが築かれる環境は、それぞれ (1)実(自然、都市)環境、(2)情報環境、(3)社会環境に対応します。この3つの環境でいうと、ここで描こうとしているような動的なシステムは、(2)情報環境にしか構築できません。いわゆるメタバースですね。ただし、セカンドライフやウルティマオンラインのように実環境に対するオルタナティブなメタバースではなくて、(1)実環境と(2)情報環境が連動したメタバース。つまりユニバース(実環境)と連動したメタバース(情報環境)です。より具体的にイメージできるように、現状あるメタバースの中で最もユニバースと連動していると思われる、Google Earthを例にとって、以下、勝手に進化させていきたいと思います。
2Dから3Dへ
まずは、すでに多くの設計者がやっていると思いますが、計画敷地の周辺の建物をモデリングし、自分がデザインした建築も含めて、Google Earthにアップロードする。ここでは一枚の完成パース(2D)から3Dへとシミュレーションの幅が広がって、様々な視点からウォークスルーできるようになります。多くの設計者がデザインした建築をGoogle Earth上にアップロードしていけば、現状まだまだ解像度は荒いですが、少しずつ実環境に近づいていくでしょう。
3Dから4Dへ
藤村さんも「近い将来「模型」の果たす役割はBIMに移行するであろう」[*2]と書かれていますが、超線形設計プロセスで作られた模型の履歴も、すべてGoogle Earthにアップロードすることが可能です。もちろん模型でしか検証できないことがあれば、直接3Dプリンターで出力することもできます。こうなると、より実環境に近づけるために、現状のGoogle Earthに時間軸(4D)を加えてみたくなる。時間軸をコントロールするスライドバーをスクロールすることで、その建築の設計プロセスや、建設プロセス、あるいは竣工後の経年変化やリノベーションなどをシミュレーションすることができる。そして、模型も含めたこれらのシミュレーション・データを用いることによって、藤村さんがいわれるような政治的な合意を形成することもできるでしょう。

東京理科大学(藤村スタジオ)で講評する松川氏(2009年)
物理シミュレーション
昨年の「アーキテクチャと思考の場所」のシンポジウムにおいて、磯崎さんが「メタバースには重さがない」と嘆いていらっしゃいましたが、次に考えられる進化としては、メタバースに物理シミュレーションを実装することです。もちろん物理シミュレーションを実装したからといっても、現状の入出力デバイスでは、設計者が重さを身体的なレベルで経験することはできないでしょう。しかし、手で図面や模型を作っていた時代でも、結局は現場を経験することでしかそれを経験できないのであれば、メタバース上で少しでも重さを実感できることにも一定の意味はある。
Google Earth上のすべてのオブジェクトに対して物理シミュレーションを行うには計算量の問題があるかもしれませんが、それでも個別の建築データをGoogle Earthからダウンロードしてしてきて、MAYAやRhinoceros、Sketch Upなど、スクリプトで機能拡張できるCADにインポートすれば、すでに物理シミュレーション可能です。今後ブラウザ上で作動するクラウド化したCADも登場するでしょうから、データ移動することなく、よりシームレスに物理シミュレーションを行うことができるようになる。例えば、地震を起こす。台風を起こす。雪や雨を降らす。太陽光の動きからライティングのシミュレーションをする。コンポーネント化された実際の建築材料や什器を配置する。リアルタイムで積算する。法規チェックをする。などなど。今後パラメトリック・デザインやBIM化がより促進されることを考えれば、ここまではそれほど飛躍することなく想像可能だと思います。
メタバースからマルチバースへ
ここで、Google Earth上にアップされた、ある建築Aの設計プロセスに注目してみます。アルゴリズミック・デザインでは、夥しい数の建築のありうべき可能性を生成します[*5]。さらにアルゴリズミック・デザインがもたらすであろう建築の可能性として、建築プロパーではない人でも建築を設計できるようになることが挙げられると思いますが、そうなれば、さらに建築の可能性は増えていく。そこでGoogle Earthを拡張して、同じ敷地に建築A1、A2、A3...というふうに、複数の建築の可能性をアップロードできるようにする。
簡易のために、同じ敷地に10種類の建築の可能性が同時に存在していると仮定します。ある都市が100棟の建築で構成されているとしたら、ありうべき都市の可能性は10^100通りになる。つまりここで意図している進化は、メタバースをマルチバース化するということです。
マルチバースの重み付け
アレグザンダーは、建築プロパーではない人でも建築を設計できるように「パタンランゲージ」を考案しましたが、そのパタンは、空間の型(Pattern)だけではなく出来事(Event)もセットに記述されていました[*6]。しかしGoogle Earthには時空間はありますが出来事がありません。そこで次の進化として、(1)実環境と(2)情報環境を連動したGoogle Earthに、さらに(3)社会環境を連動させてみます。例えば、Google Earthとtwitterを組み合わせたようなサービスをイメージするとわかりやすいかもしれません。すでに類似のサービス[*7]はありますが、Google Earth上を散歩しながらつぶやく、あるいはtwitter上で位置情報を付加してつぶやくと、Google Earth上のその位置につぶやきが貼りつけられる。逆にセカイカメラ[*8]のエアツイートように、実空間からGoogle Earth上につぶやきを貼りつけることもできるでしょう。さらに、いつでも祭り状態=擬似同期(濱野智史)[*9]を演出するのではあれば、あらゆる人がGoogle Earth上で活動した履歴を、毎回すべて保存しておいて、アバターにその活動をトレースさせてもいい。1年前の自分のアバターと一緒に散歩することもできる。
ごちゃごちゃと書きましたが、ここでの狙いは、マルチバースに重み付けをすることです。ユーザーは、不動産物件を検索するように、延べ床面積や、用途、値段などを検索条件として、10^100通りのありうべき都市の可能性の中から、それぞれが見たいと思う都市像を選択することができます。ただ、このような定量的な変数ならば、あらかじめシステム内に組み込むことができますが、(いまのところ)「美しい」とか「かっこいい」とか「心地よい」など主に主観的な変数はあらかじめ設定することは難しい。そこで生成された建築の可能性に対して、事後的にを評価してもらうことで、その評価データを検索条件にもフィードバックすることができるようになります。
こうして、Aさんが見ているGoogle Earth=「わたしの都市像」と、Bさんの見ているGoogle Earth=「あなたの都市像」は異なるという相対主義的な状況が生まれてきます。もちろんAさんは、Bさんの見ている都市像も見ることができるので、さらに相互作用が起きる。つまり、ちょうどtwitterのTLのように、それぞれが見たいと思う都市像が動的に生成されることになります。量子力学のメタファーでいえば、エヴァレットの「多世界解釈」のような世界観でしょうか。
マルチバースの重ね合わせ
そうすると今度は、それぞれが見たいと思う都市像を重ね合わせて、みんなの総体としての都市像を見たくなる。「多世界解釈」があるのならば「コペンハーゲン解釈」もあるだろうというわけです(笑)。マルチバースを重み付けし、10^100通りのありうべき都市の可能性の確率分布を重ね合わせることで、時々刻々と動き続ける「みんなの都市像」を生成することもできるでしょう。
「わたしの都市像」と「あなたの都市像」。それらを重ねあわせた「みんなの都市像」。そして「実際の都市像」。このように様々な都市像を自在に渡り歩くことができる。そんなマルチバースが、僕が夢想する都市2.0システムです。
「切断」問題[*10]再び
最後に強調しておかなければいけないのは、僕は「みんなの都市像」を実際に設計しましょうと言っているのではありません。最初にも書いたように、ある設計者が「みんなの都市像」を「切断」するということは、一枚のパースで都市像をトップダウン的に描くことと基本的には変わりません。あくまでも「切断」されるのは個別の建築であって、都市の問題は、個々の建築によって漸進的に解決されるべきなのではないかと考えているのです。僕は誰かに押し付けられた都市像なんて真平御免です。かといって何でもアリでは取り付く島がない。個々の建築を「切断」する人それぞれが、その「あいだ」の都市像をイメージできるようなシステムであって欲しいと思っています。
もちろん、ここで描いたシステムも、都市2.0システムのありうべき可能性のひとつにすぎませんけど。
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藤村→松川
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松川さんらしい展開>淘汰モデルですね。
のっけから話が交わらないようですが、僕ならば、2.0システムによって人々が「移動しなくなる」ことに注目した新しい都市像をトップダウン的に描きたいと思っています。1960年代の建築家のように都市像を描くならば、高密度なゲーテッド・コンパクト・シティのようなものをイメージしていますが、それについてはまた機会を改めてご紹介させて頂きましょう。
非常に濃密な議論をありがとうございました。
注釈
[*1] クリストファー・アレグザンダー「都市はツリーではない」、1965
[*2] 藤村龍至、『グーグル的建築家像をめざして(思想地図〈vol.3〉特集・アーキテクチャ)』日本放送出版協会、2009
[*3] エルヴィン・シュレーディンガー『生命とは何か—物理的にみた生細胞』岩波書店、1951
[*4] http://twitter.com/
[*5]松川昌平「アルゴリズム的思考とは何か(10+1 No.48 特集アルゴリズム的思考と建築)」INAX出版、2007
[*6]難波和彦『建築の四層構造—サスティナブル・デザインをめぐる思考』INAX出版、2009
[*7]例えば、http://twittervision.com など。
[*8] http://sekaicamera.com/
[*9]濱野智史『アーキテクチャの生態系—情報環境はいかに設計されてきたか』NTT出版、2008
[*10] シンポジウム「アーキテクチャと思考の場所」(浅田彰+磯崎新+宇野常寛+濱野智史+宮台真司+東浩紀(司会))において、濱野氏から提出された論点。磯崎新氏のプロセス・プランニング論(『空間へ』)を引いて、情報環境で構築可能となった回り続けるプロセスをどこで「切断」するのかという問題。(と筆者(松川)は解釈している。)
2009年12月から2010年1月にかけて交わされたメールをもとに作成
松川昌平 1974年、石川県生まれ。1998年、東京理科大学工学部建築学科卒業。1999年、000studio/ゼロスタジオ設立。2004-2009年、慶応義塾大学SFC環境情報学科非常勤講師。2008-2009年、東京理科大学工学部建築学科非常勤講師。2010年現在、000studio/ゼロスタジオ主宰。文化庁派遣芸術家在外研修員および客員研究員としてハーバード大学GSD在籍。