March 2010

徳山知永「ロジカルな世界を現実の内に描く」(1/2)

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聞き手=藤村龍至

徳山知永はこれまで、石上純也や隈研吾と恊働し、それぞれのプロジェクト専用にCADソフトを制作している。プロジェクトのコンセプトから「文法」を発見し、それに則った編集ツールを開発する。それが彼の役割である。技術に依存する社会において、私たちの身体や物質はどのように捉えられるだろうか。(藤村龍至)


re:shcematic #1
(C)Tomonaga Tokuyama
石上純也「神奈川工科大学KAIT工房」のためのCAD


「図面の発明」

藤村:建築家とコラボレーションするようになったきっかけを教えて下さい。

徳山:デザイン的面と工学・社会学的面、またその重ね合わせから、建築・都市・ランドスケープ全般にはもともと興味がありました。C.アレクザンダーやB.フラーを始めとする建築家の思想に対する尊敬もあります。大学が面白くなくインプットに飢えていた時期に建築に限らず色々な人に売り込みをしていたのですが、その結果の一つとしてKAIT工房を手伝う運びになりました。

藤村:以前インタビューさせて頂いた際*1に徳山さんが言っていた「図面の発明」という表現が印象的でした。「図面」にこだわるのはなぜですか。

徳山:山中俊治さんのブログにある様にドローイングやスケッチは自由で柔軟な表現ですが、図面のようにある程度規則的な物もまた魅力です。そこにはフォーマットを利用し、誰もが描いたり読んだりできるというある種の道具としての透明性や平等性があります。
これは僕のプログラマーな部分でもあり、事物の背景にあるシステムやルールを見つけたり、デザインしたりできないかと考えているからだと思います。プログラミングはコーディングとは違いコンピューターに固有のものではありません。都市や建築、あるいは運動会にさえ「プログラム」はあります。それらの見えない力学に興味があります。


re:shcematic #2
(C)Tomonaga Tokuyama
隈研吾「ティファニー銀座ビル」のためのCAD


藤村:なるほど。プログラムというのは論理的な世界でもありますよね。作家としてのオリジナリティについて、どのように考えていますか。

徳山:デジタル映像作家の David O'Reilly が「スタイルについての覚え書き」(原文)として「スタイルとは、ある人間が自分の理想を追い求めるときに副産物として生まれてくるのであって、材料では決してない」、「作品の見た目を表面的に変化させることによって、ある種のアイデンティティを生み出すものであると誤解されることが多い。」(土居伸彰訳)と言っています。
これは技術が「目をくらませるほどのスピードで進化している」シーンに身を置く作家から出た生の批評として、説得力があります。彼の言う「高速拡張美学辞典」は、今や映像に限らず多くの作家が対峙しなければならない問題でしょう。
人間の長い制作の歴史を俯瞰した上で相対的に儚い自分の一生で何を産み残すかを考えると、自ずと制作に対する覚悟も違ってきます。

藤村:既存のメディア・アートとの違いはどのように定義しますか。

徳山:コンピュータやエレクトロニクスといった技術を人間が手にした時点でそれらが日常生活に取り込まれていった様に、表現手法のひとつとなりました。それは必要な時に、使えば良いと思います。実際アートの中のデジタル化より、Marshall McLuhanが示唆した様な現実社会の情報化の方が衝撃的な事もあります。


つづく