March
2010
特集「アーキテクト・アーティスト」
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杉本博司「あえて伝統的手法からみる」前編(2/2)


「墓としての建築」へ回帰する
藤村:青木さんとの美術館建築の対談でも「建築の究極の理想は使われないことではないか」とおっしゃられていましたが、そのご指摘と「ザハ・ハディドのアンビルドの頃の方が良かったのではないか」というご意見は似ているのではないかと思います。つまり、使われてしまう、建てられてしまうという建築が持っている本質的な矛盾について、建築と美術の関係をみていらっしゃるとよくみえてくると思うんです。杉本さんは「IZU PHOTO MUSEUM」(2009)や「小田原文化財団」(2011予定)の設計もしていらっしゃいますが、そのことについてはいかがお考えですか。
杉本:原初の建築は墓であって、メモリアルモニュメントです。仏足石というものから始まって、仏の記憶を保持するための塔が建てられて、それが三重塔になったり五重塔になったりしてきたわけですが、機能は「仏を奉る」、それだけだったわけです。「使い勝手が悪い建物」って批判されるのは、後から来た使用目的のせいですから、先祖帰りしても全然いいと思うんですよ。
藤村:「護王神社」や「小田原文化財団」で「儀式」をコンセプトにされているのは原初に遡ることによって使用目的から自由になるための方法なのですね。
杉本:それは建築家としての発言ということですか。
藤村:私はそのように受け取りました。『Casa BRUTUS』では「建築家宣言」されていらっしゃいましたので。
杉本:それは雑誌のプロモーションで煽っているだけで、私はそんな宣言はしておりません。

聖徳記念絵画館が面白い
杉本:建築っていうのは使用目的がなくてもなり立つということが始源にあったので、使おうというのは人間の勝手な都合です。教会建築も、中世のものなんて非常に小さいですよね。細々と皆で夜露をしのいで、そこで礼拝する。それがルネッサンス、バロックになると権力の象徴みたいな機能がついて来て、人間の生臭い、社会のヒエラルキーを表す装置になっていくわけです。ただ、ファシズム建築はある意味では興味深い。美的に洗練されています。帝冠様式なんていうと皆、右翼化といいますけれども、僕は日本の帝冠様式は、ある意味では、中国から漢字を輸入して平安時代に仮名が生まれたみたいな、そういうような日本独特の折衷様式としては歴史的にも評価するべきものなのではないかと思います。
だから僕は、東京でどの建築が一番好きかと聞かれることがあると、「聖徳記念絵画館」をおすすめします。これは帝冠様式です。明治天皇の偉業を検証する為に作られた建築で、当時の画壇の洋画と日本画の重鎮の絵が展示されています。アーティストとしては一生に一度の名誉なわけですよ。天皇家からのコミッションなわけですから。これ以上の気力を込めて描いた絵はないというくらいに素晴らしい名画が入っています。ただ、あそこは本当に忘れられてしまっています。ブラックスポットみたいに。
藤村:磯崎新さんは海外に行くようになってからオリエンタリズムに疑問を感じ、「日本的なるもの」を問うようになったそうですが、杉本さんの聖徳絵画館に対するご関心は、そのような「日本的なるもの」への興味なのですか。
杉本:帝冠様式が出てくる過程では、伊勢神宮をつくったのと同じぐらい、国家としての建築的なシンボルをつくることが求められていたわけです。そういう1920年代からの動きは追って行くと面白い。万が一戦争にああいう形で負けなかったとしたら、それはそれで残っていって、今頃「愛知県庁舎」のように日本の高層建築に帝冠様式の屋根が付いている、なんてことになったかも知れない。森ビルの頂上に千鳥破風の屋根が載っていたかも知れない。そういう都市があっても面白いと思うんです。
藤村:確かに北京などに行くと中国版帝冠様式のような高層ビルも建っていますし、そういった可能性もあったかも知れませんね。1950年代の建築ジャーナリズムでは、「伝統論争」と呼ばれる論争がありましたけれども、白井晟一的なものや丹下健三的なものについてはどうご覧になっていますか。
杉本:戦前戦後で国家の建築家としてずっと活躍してきた丹下健三の変わり身の速さはすごいなと。ただ、僕はどちらかというと、堀口捨己が探求してきたような、日本の伝統的な形式とモダニズムをどういう風に融合させるかに興味がある。
後編1・2
杉本博司 1948年生まれ。1970年渡米、1974年よりニューヨークに移り写真制作を開始。2001年ハッセルブラッド国際写真賞受賞。2005年より初の回顧展が森美術館(東京)を皮切りに米国、2007年よりヨーロッパを巡回。近年は写真表現にとどまらず、執筆、設計と活動の幅を広げている。2008年建築設計を手がける新素材研究所を設立