July 2010

五十嵐太郎「スーパーフラット再考2010ーー微細なデザインからみえるもの」(1/2)

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第11回 ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展日本館  (撮影:五十嵐太郎)


 およそ10年前、すなわち世紀の変わり目に、筆者は、村上隆が提唱し、東浩紀が奥行きを与えたスーパーフラットの概念と建築論を接続させた。もう少し正確に言えば、これを新しいライフ・スタイルのトレンドとして仕掛けた博報堂の雑誌によるスーパーフラット特集において、筆者が「建築・都市計画におけるスーパーフラットとは何か」(『広告』2000年1/2月号)を寄稿したのが最初のきっかけである。この号の巻頭に掲げられた「スーパーフラット元年」というマニフェストの文章はなかなか良いので、出だしの部分を引用しておく。「カメラアイがない。奥行がない。階層構造がない。内面がない。あるいは「人間」がいない。しかし、視線がいっぱいある。ぜんぶに焦点があたっている。ネットワークがある。運動がある。そして「自由」がある」。
 建築におけるスーパーフラットの特徴としては、以下の二点を挙げた(拙著『終わりの建築/始まりの建築』INAX出版、2001年、あるいは、拙稿’Superflat Architecture and Japanese Subcultureユ "TOWARDS TOTAL SCAPE"NAI,2000を参照)。第一に、表層におけるデザインの探求。そして第二に、プログラム、材料、構造と装飾、組織など、さまざまなレベルにおけるヒエラルキーの解体である。もっとも、現在、スーパーフラット建築がふりかえられるとき、なぜか表層に関するトピックだけがとりあげられている。筆者にとって、ヒエラルキーの解体は、等しく重要なもうひとつのテーマだった。意図的に忘却されているのか、そもそも原典のテキストを読んでいないのか、よくわからないが、文字通り、表層的にスーパーフラット建築の概念が受容されたことは興味深い。
 さて、これが日本的なのか?村上隆は、逆オリエンタリズム的な戦略によって、スーパーフラットを演出し、日本の現代美術とサブカルチャーを海外に売り出した。ただし、筆者は安易な二項対立を用い(例えば、奥行きのある透視図法は西洋的)、無条件に日本的という概念を使うことには抵抗感があり、セーブしながら、慎重に論じることにした。ゆえに、こうした状況は、世界中で進行している情報化社会やコンピュータの画面を模倣することからも生じていると指摘し、日本の特殊性を過剰に強調しないように心がけた。しかし、海外の目から、スーパーフラットが日本的に見えることは否定できない(むろん、安藤忠雄の建築も、異国からは禅や神道のミニマリスムから解読されるのだが)。実際、今でも海外のメディアからスーパーフラット建築に関する寄稿、質問、インタビューなどが継続している。情報のタイムラグがあるにせよ、その息の長さには感心してしまう。
 KPOキリンプラザ大阪において、石上純也のテーブルの展示を企画したとき、9.5mという長さに対し、わずか3mmの厚さの天板はまさにスーパーフラットだと感じた。ジャン・ヌーヴェルのデザインした「LESS」という極薄のテーブルは、端部を薄くし、人の目が届かない天板の裏側に補強するリブを付けていたが、石上のテーブルは完全にフラットである。その石上と組み、ヴェネチアビエンナーレ国際建築展2008の日本館のコミッショナーコンペにおいて、やはり審査サイドから幾度か質問されたのが、日本的なのか?だった。こちらはそもそもあまり強調するつもりはなかった。過去にオタクや少女都市などにおいて、日本館はオリエンタリズムを刺激する展示を充分にやったのだから、もう前面に押しだすべきではないと考えていた。ゆえに、菊竹清訓—伊東豊雄—妹島和世—石上のラインを説明はしたが、日本的というキャッチコピーを排除しながら、展示のコンセプトを構築した(『建築と植物』INAX出版、2008年を参照)。
 


第11回 ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展日本館  (撮影:五十嵐太郎)


 だが、ヴェネチアビエンナーレの会場において、各国のプレスから日本的だという指摘を受けた。彼らによれば、日本の伝統的な木造建築における開放性と連続しているという。そして筆者も隣のロシア館や韓国館の植栽を「借景」として活用しているし、石上の温室における植物の扱いは実に「生け花」的であると、気づいていた。日本館の内壁に描かれた繊細な鉛筆のドローイングにも驚嘆の声が寄せられた。なるほど、イタリア人のヘルプはどうしても線が荒くなり、結局、日本人の女性たちが仕上げたものである。ただし、現場で筆者がもっとも日本的だと感じていたのは、実は日本館チームの働き方だった。長期間の集団作業によって緻密かつ繊細なデザインを遂行する手続きである。
 ともあれ、このときのビエンナーレでは、フランク・ゲーリーやグレッグ・リンが受賞するのを横目で見ながら、ああ、わかりやすいアイコン的な建築と石上のデザインはまったく違うのだと改めて感じた。しばしば日本の閉じた生態系はガラパゴス島になぞらえられるが、グローバリズムと連動するアイコン建築に対して、異常なまでに微細なデザインは日本の現代建築において突出した表現を獲得している。またグレッグ・リンはコンピュータを用い、どのように家具を製作したかについて、メイキングのビデオまで展示していたが(わざわざ説明しなくても、見ればだいたいわかってしまう技術だったが)、日本館ではそれをやっていない。その場で生起する現象と体験を感じて欲しいと考えたからだ。極薄のガラスと極細の柱による温室がどのようにつくられたか、すなわち表層のインターフェイスの背後にある深層の構造を、正確に理解した人はそう多くないだろう。



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