May 2010

槇文彦「開かれたアーカイヴのネットワークをめざして」(1/2)

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槇文彦氏

建築アーカイヴの設置を巡っては、これまでも多くの議論がなされてきた。中心的なインスティテューションがリードしつつ建築資料を保存する仕組みは、イギリスやカナダを始めいくつかの国で実現しているが、わが国では現在のところ実現していない。
そこでここでは、去る2010年2月21日に東京大学にて英国王立建築家協会イギリス建築図書館館長・イレーナ・ムレイ博士を迎えて行われたシンポジウム「建築アーカイヴの現在と未来」(主催:東京大学大学院工学系研究科建築学専攻)にも登壇されていた槙文彦氏に、建築アーカイヴの現状や役割、可能性について伺うことにした。
聞き手=藤村龍至


アーカイヴは既にある

藤村:建築アーカイヴの可能性については建築学会などでも繰り返し議論されてきたトピックですけれども、日本の現状を鑑みて一体どのような形でアーカイヴというものが可能であるか、 あるいはアーカイヴに資料を保存することが社会的に、あるいは建築家の創作環境の構築にとって一体どのような意義があるかというようなことを考えたいと思います。建築アーカイヴを取り巻く状況についてどのようにご覧になっているのでしょうか。

槇:日本では、亡くなられた方、健存の方のものも含めてアーカイヴは実際にあるわけです。 例えば京都繊維大学が村野藤吾さん、東京藝術大学が吉村順三さん、東京工業大学が谷口吉郎さんの資料を保存していると思いますし、磯崎新さんは大分県立図書簡に自分のコーナーがあり、伊東豊雄さんも四国に計画しているそうです。あるいは金沢工業大学のように様々な建築家の資料を横断的に収集している例もあります。問題はそういうものを一体どういうふうにネットワークするかという話ではないかと思うのですね。今みたいにデータによって映像や文字をリトリーブしたり送ったりすることが簡単になってくると、ネットワーク化というのは十分に可能性を持っていると思うんです。

藤村:そうしますと、先日のイレーナ・ムレイ氏の報告にあったような王立の中央的なアーカイヴはきわめて特殊な事例と捉えていらっしゃるのでしょうか。

槇:RIBAの場合には歴史的な必然性があって、かなり前から資料保存に対する意識が強かった。多くの建築家のスケッチや図面、模型というものが集まっているので博物館と同じような機能を果たしています。したがってRIBAが資料の保存をすることは成り行きとして正しかったのですが、これからの日本が同じような形でやっていく必然性があるのか、僕にはよく分かりません。先ほどのネットワーク化が進めば、集団としての建築家を扱うということに意味があるのか、そこに寄付した人を中心にやっていくのか積極的に呼びかけてくるようにするのか、それはやる方のフィロソフィーで違ってくると思うんですが、僕自身は何ともいえないですね。


左:RIBA ( The Royal Institute of British Architects )
右:20 alternative ground plans / Andrea Palladio (c.1547) / Copyright: RIBA Library Drawing Collection 出典:RIBA( http://www.architecture.com/ )

アクセサビリティを確保する

藤村:RIBA のように王立のアーカイヴを整備している国もある一方で、欧米の一部の建築家のように模型や図面をマーケットに出してコレクターに保管をしてもらうというように、建築資料を美術品のように扱う例もあるようですが、そうした可能性についてはいかがでしょうか。

槇:リチャード・ノイトラの「デザートハウス」は、あるコレクターがある値段で買って、しばらく自分で楽しんだ後それよりも高い値段で誰かに売る、というように商品化されています。資料についても、SOTHBYのような機関が媒体となって売りに出して、一番高い人に買ってもらうというようなことは海外では既に現実に起きていますから。日本でも起きないとは限らないでしょうね。若干倫理的な問題が入ってきますけど、法律で禁止するというようなことではないと思います。

藤村:アーカイヴのネットワーク化を担うのはどういった機関があり得るとお考えでしょうか。

槇:かつての博物館のように戦利品がうちにはこれだけある、というスタンスではなく、ちょうど google で見たいものが少ない時間で出てくるというのと同じように、ある建築家のある作品について何か知りたいという時に資料が自由に取り出せる、というアクセサビリティが重要な条件になってくると思いますね。


シンポジウム「建築アーカイヴの現在と未来」(主催:東京大学大学院工学系研究科建築学専攻)パネル・ディスカッション光景 写真提供:東京大学大学院工学系研究科建築学専攻


建築についての資料/建築家についての資料

藤村:アーカイヴィングを各大学が担っているというような現状がありますが、予算の確保など、それぞれ苦労されていると思うのですけれど、そういったアーカイヴィングの社会的な意義というのをどのように伝えていったらよいとお考えでしょうか。

槇:一義的に全ての建築家のものを保存しなければならない、とはならないと思うんですよね。 例えば美術品は「本物であること」に非常に価値があるのですが、建築の場合一番大事なのは建物だと思うんです。確かにスケッチには発想源の一部として、あるいはその背後にある思想を探索していくうえで大事なものですけれども、一番大事なのはやはり建築そのものだと思うんです。
他方で、建築家そのものについて研究する方にとっては今あるアーカイヴというのはかなり物足りないところもあるんではないでしょうか。そうした研究のためにはむしろ言葉のほうが重要になって、例えば彼の書いた手紙とか、もらった手紙とか、話したことが大事になってくるかもしれない。
というのは最近ニコラス・フォックス・ウェバーというアメリカのノンフィクション・ライターが、『ル・コルビュジエ』という 700 ページぐらいの本を出版したわけです。コルビュジエが生前お母さんに宛てたという手紙、それからイヴォンヌという夫人に書いた手紙、それから親しい友人に書いた手紙、あるいはその返事が中心で、それらによってクロノロジカルに彼の生涯を伝記にしたんですね。決して作品解説ではないんです。
ではなぜそれが可能になったかというと、ル・コルビュジエ財団が全ての手紙を保管していて、彼がそれにアクセスする方法があったからです。それが今まで私たちの知らないコルビュジエの一面を描き出しているわけです。そう考えますと、アーカイヴとしてはこういうものがあるということをできるだけ多くの人が共有できて、自由にアクセスできるということがやっぱり大事じゃないかと思います。

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