August 2010

平田晃久「生命のような建築」がもたらすもの (1/2)

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alp 写真=矢野紀之


著書「animated(発想の視点)」(2009|グラフィック社)や共著「20XX年の建築原理へ」(2009|INAX出版)などで、“生命のような建築”について記している平田晃久氏。子どもの頃から生物に強い関心を持ち、伊東豊雄建築設計事務所から独立して5年、ひだの反復や山の稜線といった自然界のモチーフが作品をヒントとする作品も多い。平田氏の言う“生命のような”とは具体的にどのような状態を指すのだろう。また平田氏が提唱する建築はなぜ発想され、私たちにどのような影響を与えうるだろう。抽象的な理解となりがちな比喩の内容をさらに掘り下げる。
聞き手=田中元子 (mosaki)


田中:平田さんは生物と建築どちらの分野に進もうか迷われたほど、以前から生物への関心が大きかったと伺っています。現在建築家として活動される中で、生物の分野から特に「ひだ」と「宿りしろ」というふたつを抽出されているのは、なぜですか。

平田:生き物の世界というのは、ひとつの秩序がそこで完結しないで、かならず次の階層の秩序とまた絡み合っている、その連続と言えると思います。例えば子持ち昆布は海藻に卵が絡みついていて、その子持ち昆布も海底の岩に絡みついていて、またその岩も深層の地殻に絡まりついている。絡まりしろと絡まる側というのがずっと階層構造になっているんです。人間の体もたんぱく質って、1本の紐みたいなアミノ酸のつながりが、おりたたまったものが絡まりあってできていたりとか、ジャングルは文字通り絡まりあうものの秩序だし、生物界は絡まりあうものが織りなしている。
一方これまでの近代建築とは、基本的に「空間をつくる」ことを考えていた。最小の表面で境界を覆って、中に床を積層して空間をつくるという発想だったと思うんです。けれどそういうものを第一義的に考えずに、生物界に見られるような「絡まりしろ」を第一義的に考えたらどんな建築になるんだろうかというのが、僕の問いです。この「絡まりしろ」を最大化する論理というか、ものの考え方が建築だといってもいいと思う。限られた広がりの中に、絡まることができる余地をどう担保するか。そして完全に内外を分けてしまうんじゃなくて「絡まりしろ」となる表面そのものを最大化していく原理のひとつが「ひだ」です。ひとつの原理に決めているつもりはないのですが、ひだならひだでさまざまな進化の可能性があるし、そこから派生するいろんな流れも育てていきたい。生物でたくさんの系統がバラエティに富んで進化していくように、建築もそういう進化をすると面白いんじゃないかなと思っています。

田中:最小の表面積の中に床を積層させる近代建築を、著書の中で「床本位性」とおっしゃっていましたね。「床本位制」の建築も近代における社会的要請から生まれたものと言えますが、それとは異なる平田さんの建築とは、未来の私たちにどのようなメリットをもたらすとお考えですか。

平田 少なくとも床を積層してつくっていく今の積層建築というのは、建物の内部空間だけを積層しているんですよね、基本的には。道路、庭、建物があるとしたら、そのうち建物だけが積層しているのですが、もし本当に地表面を拡張していくということをやるならば、地面とか道路みたいなものを含めて、立体化された状態というのが考えられるのではないかと思うんです。不動産の価値も平米数で決まるけれど、本当は駅から降りて、そこの住宅に行く途中の道も全部含めて、住むという行為と言える。すべてつながっているものなのに、分断して、ある個としての独立した価値で評価している。そういうモノの考え方の枠組みの問題があると思うんですよね。環境問題と言われているものについても、その枠組み自体の変化と関係しているのかなと。建築内部の空調によって発生した熱を外側に捨てると、都市としては熱くなって全体としては良くないことが起こっているわけです。人間活動の集積が、地球全体に何らかの影響を及ぼし、気候に変化が起きるっていうこともわかってきていている。こうしたことは人口がある一定レベルを越えた時に起こってくる問題で、この先も加速するだろうということは予測がつくわけですよね。
要は自分たちが、地表面を覆っている他の秩序にうまく接続できるような仕方で「有限の地表面を増やしていく」という考え方にシフトしないと、立ち行かない原理になっていると思うんですよね。建築だけのことでは済まなくて、これは社会全体のモノの考え方や価値の置き方そのものでもある。建築がどのように作られていくのかという生産の合理性ですら情報技術によって変わっていくかも知れないし、僕らにはまだ見えていないこともある。だけど大まかな方向性は想像できる。だったらそれにどれだけ近づけられるだろうかと。はっきりと指し示すことまでは一足飛びにはいけないけれど、人類がどう生きるのかといったような命題を建築も考えないといけないんだろうなと、今はそういう局面なんじゃないかと思っているんです。



tree-ness house 提供:平田晃久建築設計事務所


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