June
2010
特集「WEB世代から今、生まれつつあるもの」
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渋谷慶一郎「CDというメディアの葬送——ATAKの実験と変容」(3/4)


photo: 新津保建秀
CDというメディアの葬送——音楽史に対する態度として
藤村:時代毎に一般的な方法論があるというお話と、先程のモーツァルトの例のようにマーケットが揺れている時代の作家の立ち位置のお話もありましたが、ご自身と歴史の関係、あるいは現在性についてはどのように考えていますか。
渋谷:僕もCDのレーベルとして2002年にATAKを作ってもうすぐ10年になるんですね。当時から意識していることは、音楽内的発想に回帰しないということです。これは色々限界もあるけどコンピュータやその周辺の進化を付き合って音楽を作っていくのはある程度正しいと思っています。また、特に1960年代以降、メディアとの関係が大きくなっていると思います。例えば、研究所の美術館ような組織と音楽の関係や、フルクサスのように発表形態のラディカリズムもメディアと音楽の関係です。一見違うように見えますが、どちらもメディアをどのように使っていくことに対して意識的だったと思います。
藤村:今はCDの限界が見えて来たわけですね。
渋谷:CDのようなデジタルメディアの限界が来たときにアナログに戻るという発想があるのは音楽と音楽ファンだけですよね。だからアナログ回帰には全く興味がないです。そもそも、パッケージメディアとしてのCDはかなり不自然に作られたものなんです。回転することも丸いことも不自然だし、ほぼ全てレコードのアナロジーで作られたとしか思えない。サウンドアートではそこにフェティッシュが入り込んで白いミニマリズムのパッケージが多くなったり変型のマルチプルのようなものが頻出したりして様々な流行が起こった。ATAKも最初の時期は狂ったように凝ったパッケージを作っていたのですが、それはCDの時代の最後の花火のような時期とパラレルだったわけで、今思えば納得のいく話です。同時にこの動きはマテリアルと音楽、データと音楽、フェティッシュと音楽を考える上で重要だと思います。
藤村:音楽レーベルとしてのATAKはどのような方向に進んで行きますか。
渋谷:音楽レーベルというのは音楽がモノ化されている時に有効だった概念で、現在はインディペンデントであることも自分でレーベルを持つことも、当たり前のことですから、そこに具体的な目的と機能がないと成立しません。ATAKというのはCDの最末期に出来たレーベルで、すごくそれらしい活動をしていたと思うんです。で、それが終焉を迎えると共にレーベルの名前からデータ配信の新しいシステムの名前のようになればいいなという漠然としたイメージを持っているんです。で、ATAKはこうした創作とメディア環境の変化に対する態度は明確にしてきたので、後の時代から見れば理にかなっているはずだと思います。
藤村:CDでまだやれることはありますか。
渋谷:かなり限られてきているかなと思います。例えば今、少数ロットで透明のプラケースに情報は盤面にしか記述がないような究極に簡素なCDを出していて、シリーズ化しそうなんですが、これはCDを買っても中身はすぐコンピュータに入れてしまうわけでパッケージなんて必要がないということと、とはいえ現在ではCDというモノにしないと成立しないから敢えてCDというフォーマットを使っているという矛盾した状況のメタファーと露骨な態度表明です。また、荒川修作さんのサントラを制作しているのでそれは配信ではなくてCDでリリースする予定ですが、これは僕が荒川さんの作品をパッケージにしたアルバムを作りたいからで、こうしたモチベーションは結構大きいんです。あと刀根康尚さんというフルクサスのメンバーだった現役最年長とも言える電子音楽家の作品をリリースすることになっていて、CD−ROMと抜粋した一時間のCDになる予定なんですが、万葉集4000首を全部音響化しているから実際に聴くと全部で2000時間以上かかります。それは彼がCDというメディアを媒介に創作していることと、2000時間分はダウンロードで売れるわけがないのでCD-ROMと一時間分のCDをパッケージにするというのもCDの葬送としてはすごく適した作品だと思います。

photo: 新津保建秀
破滅ラウンジについて思うこと
藤村:異分野の方々との交流も多いという印象がありますが、例えば東浩紀さんとの交流はいつごろ続いているのでしょうか。
渋谷:結構古くからの付き合いで、もう15年くらいかな。1995年くらいに、彼の最初のデリダ論が『批評空間』に連載されていた時くらいからですね。『批評空間』は時々読んでいて、その時のテクストが面白くて、歳も近かったので何となく親近感があって連絡したのがきっかけです。今のカオスラウンジやLRAJのように若い世代のエネルギーのあるイベントを見るとその頃を思い出します。というのも僕も大学の時にそういうイベントをやっていて、そのイベントの時に東さんのテキストを使わせてもらった時から本格的に交流が始まりました。藤村さんはいつくらいから彼と交流があったのですか。
藤村:ずっと東さんの著作は読んでいましたが、2年ほど前に建築学会のシンポジウムにお呼びして、そこから本格的に交流が始まりました。
渋谷:最近のことなんですね。僕も最近になって付き合いが昔より近くなってきました。2年前くらいから何となく、彼が書くものが気になりだしてちょうどtwitterの普及も相まって交流が再開したという感じですね。
藤村:今、黒瀬陽平さんたちの「破滅ラウンジ」が話題ですが、あの動きについてはどのように思いましたか。
渋谷:現代美術において「カオスラウンジ」「破滅ラウンジ」というムーヴメントは待たれていた存在だと思います。アニメなどのいわゆるキャラ化の文脈と現代美術を先鋭的な形で接近させる、特に従来のキュレーションだけではなく、実際にwebで存在するコミュニティをリアルに実空間に持ち込むというのは接続の方法としては理想的だったと思います。それだけだと、単に現代美術の期待の地平に応えるだけで彼にとっては意味がないかもしれない。それに対して意識的かどうかは分らないですが、同時に彼らはメディアアート的なアプローチもある。「破滅ラウンジ」では真ん中にコンピュータのタワーがありましたが、あのタワーを構成するコンピュータが一台も動いていないただのオブジェだとしたらアウトだと思います。実際はあの中の数台は修理したりサーバーにつなげて動かしていたそうで、本当であれば全てを完全にネットワーク化して、投影しているプロジェクションのコンテンツも含めてシステム化するべきだったと思います
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