March
2010
特集「アーキテクト・アーティスト」
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粟田大輔「書き換えられるシステム」(3/3)


泉太郎 AASレジデンスプロジェクト『くじらのはらわた袋に隠れろ、ネズミ』展示風景
アサヒアートスクエア 2010
可能態としてのオブジェクト 泉太郎/石山修武
一方で、泉太郎の作品には、制作プロセスの「書き換え」がオブジェクトレベルにおいて実践されている。泉はマイクロポップの作家として知られるが、彼の映像や立体には「日常のシンプルな行為や廃棄物などを使った極小の形」*6といった表層部分に回収されない、形態とシステムの連動性において目を見張るべき可能態としての表れが前景化している。例えば、2010年1月に行われた個展「クジラのはらわた袋に隠れろ、ネズミ」では、会場全体に巨大なスゴロクがつくられ、サイコロの目を振りながら自ら記した指示(マガル、カジル、クネクネ、モミモミ、チュウ、ヒーッ!!、水、目、テープ、イロ、ドロなど)に従い、ぬいぐるみの頭をかぶった泉自身がそれを実践していくさまが映像として記録され、映し出されている(ここでもまた指示(内的な規制)とサイコロの目(他律的なシステム)における「共生」が見られる)。ただし始まりもゴールも設定されていないため、「スゴロク」自体のシステムはすでに崩壊しているに近い。しかし、この地平においてわれわれが目にするのは、崩壊寸前でなお辛うじてシステムを延命させている、予定不調和に「書き換えられる」可能態としての姿(ぬいぐみるをかぶった身体)である。また《さわれない山びこのながめ》では、泉がつくった「わけのわからない形」をした彫刻らしきものを町の人々に聞きまわり、次にボランティアがその音声を聞きながら手を加え、それを再度町の人々に聞きまわり、また別のボランティアが制作するというプロセスが繰り返されている*7。ここでもまた、指示(町の人のコメント)と他律的なシステム(ボランティアによる制作)が重層的に連動しながら、ある種エラー(誤読)が積み重ねられたような可能態としての「彫刻」の塊が出現している。

泉太郎《さわれない山びこのながめ》(View of Untouchable Echoes)2009
撮影:田中雄一郎
同じようなオブジェクトレベルの書き換えを建築において実践しているのが、石山修武ではないか。カンボジアのプノンペンの寺院にある《ひろしまハウス》は、実際の建物がカンボジア人をはじめ多くのボランティアによってつくられているが、「切断」により滅亡を免れないような「建築」が、現地の意見が取り入られながら文字通り「書き換えられる」ことによって生き長らえるようにして建っている。また、自邸である《世田谷村》でも、あらかじめ「終わり」が決定されておらず住みながら屋根や窓などが実験的かつ部分的に付け加えられていくことで、まさに「書き換えられる」建築と言えるような佇まいが露わになっている。
泉と石山の両者には、ボランティアをはじめ他者の介入を受け入れる姿勢が見られる。しかし、ここでの他者の行動は、単に観客参加型のような他者性の欠いた他者の姿ではなく、主観とは別なる他律的なものとしてみなされるなかでただ「借用」されるのではなく「共生」するかのようにシステムに組み込まれている。またそのなかで「形態」は、一見「終わりのなき」無限への指向性が見られるが、それは「切断」をともなわないシームレスな無限性ではなく、内なる「外」(他者)を介入させることで辛うじて自壊を回避するかのような、断続的に「書き換えられる」場として機能している。

泉太郎《さわれない山びこのながめ》(View of Untouchable Echoes)2009
内的な規制と他律的なシステム
最後に、形態とシステムの連動性を見つめ直すなかで、言及すべき作家のひとりとしてマルセル・デュシャンの名を挙げておきたい。例えば《自転車の車輪》(1913年)あるいは《泉》(1917年)をはじめとするレディメイドは、「既製品」を「芸術(概念)」へと転化させたコンセプチュアル・アートの始点としてみなされている。しかしこうした転化は、あくまでも「物質/非物質」という二項対立構造を前提とした見方に過ぎない。デュシャンは晩年「創造過程」(1957年)と題した講演のなかで「生の状態 the raw state ( a l’etat brut)」という言葉を挙げながら、「表現されなかったが、計画していたもの」と「意図せず表現されたもの」との間の「芸術係数」の関係において、「作品」が鑑賞者によって「精製」(変質)されなければならない*8と説いているが、ここでは創造の過程において鑑賞者の参与が積極的に促されている。こうした態度をレディメイドに当てはめるならば、それは単に既製品が「借用」されたものでなく、常に見るもの(もはや制作者/鑑賞者というヒエラルキーをなくしたような)によって「書き換えられる」契機(場)として見つめ直すことができるのではないか。こうした問いを今日へと投射したとき、われわれが対象を何らかの連鎖性の連関によって認識している以上、内的な規制と他律的なシステムとの連動性のなかでシステム自体をいかに批判的に書き換えられるのかという地平にこそ、今なおアーキテクトあるいはアーティストが向き合うべき指標が潜んでいるように思う。
註
1 初出『アーツ・マガジン』(ニューヨーク)、1966年11月号
2 初出『アート・フォーラム』(ニューヨーク)、1967年6月号
3『美術手帖』1974年4月号
4『芸術新潮』1956年12月号
5 浅田彰+東浩紀+磯崎新+宇野常寛+濱野智史+宮台真司[共同討議]「アーキテクチャと思考の場所」(『思想地図vol.3 特集・アーキテクチャ』所収)日本放送出版協会、2009年
6 松井みどり『マイクロポップの時代:夏への扉』PARCO出版、2007年、p.44
7 美術妙論家 池田シゲル「やまびこと転倒」(『日常 場違い』展カタログ所収、主催:神奈川県民ホール)参照
8 初出『アーツ・マガジン』(ニューヨーク)、1957年夏号
粟田大輔 1977年生まれ 美術批評