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#LRAJ2010 USTREAMレポート

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2/6(土)に我々TEAM ROUNDABOUT(以下TRA)主催によるイベント
『LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010』
をINAX:GINZAにて行いました。

当日の講演や議論については、TRAのメンバーである
松島JPによるレポート

本瀬あゆみによるレポート
がアップされておりますのでそちらもご覧ください。

今回、僕はUSTREAMの動画配信を行った立場(「中の人」目線)から
少し視点を変えてレビューしたいと思います。

*当日配信したUSTREAMのビデオは下記のリンクからご覧ください。
*ビデオの公開は2010/2/28→2010/3/31までとさせていただきます。ご了承ください。

第1部

■SESSION 01 濱野智史/藤村龍至|アーキテクチャ時代の幕開け

■SESSION 02 酒井康史/連勇太朗|媒体から方法へ

■SESSION 03 池上高志/李明喜+岡瑞起/藤本壮介|弱い「あいだ」のあり方

■SESSION 04 磯崎新|ただプロセスのみが時代を超えていく

コメンテータ:東浩紀・南後由和・倉方俊輔・橋本純(以上、敬称略)


第2部

■総括討議「メタボリズム2.0」(前半)

■総括討議「メタボリズム2.0」(後半)

パネリスト:東浩紀・磯崎新・黒瀬陽平・南後由和
コメンテータ:橋本純
モデレータ:濱野智史・藤村龍至(以上、敬称略)

+Y-PACによる当日編集の動画はこちらから



まずイベントをやる前に挙がったUSTREAM導入に際しての最大の心配事は
「はたして動画配信という手段でこのライブを伝えてしまっていいのか?」
ということ。
今までのLIVE ROUNDABOUT JOURNALでは、
ライブであることの意義や、即日でフリーペーパーを作ること、といったように
空間や物質に裏付けられた濃密さを重要視していたのですが、
それらを超越してしまうUSTREAMというツールは、
これまで培ってきた枠組みを壊してしまうような心配があったのです。

とはいえ、我々TEAM ROUNDABOUTの目標は
あくまで「議論の場を設計する」ということ。
今回のUSTREAM導入はそのフィールドを拡張するための手段
だということで実現に踏み切りました。




会場に来られた方は実感されたと思いますが、今回のイベントは特に情報が多く
・前では登壇者のレクチャーをやっている
・後ろではそれがリアルタイムで編集されている
・前の画面ではレクチャーのプレゼンテーションに加え、twitterのTLが流れている
・手元のPCもしくは携帯電話ではtwitterを入力する
というように、これらをすべて完璧にトレースすることは不可能だったと思います。

僕自身もUSTREAM中継でビデオを回しながら
twitterをフォロー+発言をするという作業のせいで
登壇者の発言を聞き逃すことが多々ありました。
だけど、イベントを振り返ってみると
登壇者の発言はtwitterのTLである程度推測できるし、
(実際、当日のライブレポートを書いた松島JPも
twitterの情報を元に議論を整理した、と言っています)
むしろビデオの画面やtwitterの発言によって
付加情報すら加わります。

twitter連動イベントに慣れている方は、
オリジナルの情報の欠如と、オルタナティブな情報による補完の効果は
もはや日常的に感じるようになっていると思いますが、
このような効果はUSTREAMの動画を視聴している人にも
あてはまるのだと思います。
つまりUSTREAM視聴は会場での空気感やディテールまでは分からないけど、
PC上だとtwitterのTLが読みやすいとか、
自宅にある本や資料をすぐ参照できるとか
欠如した情報を補う環境がむしろ整っているのではないか、ということです。

映画『THIS IS IT』は
マイケル・ジャクソンが生前行ったリハーサル映像を集めたドキュメンタリーですが、
これは「リハーサル」という不完全なショーの断片をつなぐことによって、
ひとつの壮大な仮想コンサートを作り上げる、という手法をとっています。
この仮想コンサートという形式の優れているところは、
あえて失敗ややり直しの部分を見せて不完全性を演出することで、
逆に視聴者にその欠如を補完させている、ということであって、
これは仮想の現実空間を想起させるような「演劇」の不完全性に近いのかもしれません。

しかし、やはりそれぞれの環境に委ねることによって議論を補完させる
という考え方は
議論の場が開かれているが故に、議論自体が拡散してしまう危険性もあります。





話が逸れたついでにすごく個人的な話をしますが、
思い起こせば、僕のインターネットヴァージンを奪ったのは
『world chat/J』という3Dチャットのサービスでした。
このサービスは、アバター(今やすっかりこの名前も定着しましたが…)
と呼ばれる自分の分身を操作して仮想空間内を自由に動き回り、
アバター同士は同一空間内でチャットできるというものだったのですが、
今考えると、3Dチャット特有の「部屋」という概念によって空間を有限にしていたことや
当時あったテレホーダイ(23時から5時までなら定額で電話し放題)という時間的な制約が、
延々続いてしまうチャットをうまく切断していたように思います。
同様の考え方だと、例えばtwitterの140字制限、ハッシュタグという概念は
3Dチャットにおける「部屋」のような
アーキテクチャとして機能しているようにも思えます。





「USTREAMを見ていたが、いてもたってもいられず会場に駆けつけてくださった方がいたらしい」
という話を聞いて思うことは、
物理的な空間は議論を濃密にさせるアーキテクチャの一つである、
ということなのですが、
今後は、USTREAM+twitterが前提となった上で
何かもっと別の形のアーキテクチャを用意する必要があるのだと思うのです。

それは自由な地平の中で統合へと導くシステムのようなもので、
次なる展開では、「議論の場の設計」をさらに進化させるべく
そのためのアーキテクチャをもっと掘り下げて考えていきたいと考えております。


最後になりましたが
会場に来てくれた方々はもちろんのこと、
USTREAMを視聴していただいた方々、
twitterで発言してくださった方々、
イベントを手伝っていただいた方々、
会場を提供していただいたINAX:GINZAの方々、
本当にありがとうございました!

今後ともよろしくお願いいたします。

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