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02月 08日 07:10   /  FDmountwill_millsの日記
[社会] #LRAJ2010 Ust配信 PCの前でぶっ続けで見た

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逸脱のスキル

文楽を見に行ったのだ。

文楽の公演はとても長い。
『新版歌祭文』という演目のなかの
「野崎村の段」「油屋の段」「蔵場の段」
という3/5を上演して、なんと4時間。
これだけ浸かってしまうとさすがにしばらくはあちら側から帰ってこれない。

おかげさまでその後数日間、事務所で
「松島さん、お電話です」と呼ばれるとつい
「アイナ、アイアイ」と義太夫節の裏声で返事をしたり、
何かちょっとでもつまづくと
「もう死ぬしかなりませぬ…」と井戸に身を投げたりした。(ウソ)





文楽人形


文楽人形は、それはそれはスタイリッシュである。
全身のスケールは実のところ実際の人間とそこまで変わらないのだが
顔が握りこぶし程に小さく、手足はスラリと長く、
それをとんでもなく細やかに動かすもんだから、もうなんだか呆れるくらいに美しい。

人形は三人遣いで操る。
主遣い(おもづかい)が首と右手、左遣いが左手、足遣いが脚を担当する。
その三者が、呼吸を、なんてレベルどころじゃない次元の焦点を合わせて、
所作仕草、心理心情、時間空間を、それはそれは細やかに表現するのである。


人形の動きに乗せる太夫(だゆう)という語り部が唱える、義太夫節の響きは本当にミステリアスだ。
ト書き、モノローグ、ダイアローグ、BGM、全てを統合した不思議な日本語を、
独特のリズムでひたすら途切れなく唱えるのである。
その場その時に爆発的に生じる多重な意味を
たったひとつの音声で纏め上げて表現していることがものすごく身体的に理解できて心底驚かされた。
このおっさん達とんでもないことをしているな、と。
この音声こそが演じる人形の振動と鑑賞する人間の振動をつなぎ、
人形と人間の身体をつないでいたのだった。



文楽人形のかしらはスターシステムとなっていて、
立役(男役)では源太、文七、与勘平…
女形では娘、婆、傾城(けいせい)…
といった名前の定番のかしらがある。

それぞれ色男、敵役、暴れん坊、おぼこ、遊女といったような属性を帯びていて
これに演目ごとの配役がなされている。
つまりは属性人形のレイアウトが、文楽の「お話の形式」を促しているわけだ。
そうして「お約束」をふんだんに孕んだ極上のエンターテイメントが形成される。


上記のかしらとは別に、特定の演目専用の特殊なかしらもある。
それらは大概仕掛けが施されていて、なかにはかなり不気味な表情を持ったものもいる。

その代表的なものが、『ガブ』と呼ばれる変化かしらである。




ガブ首


ガブッと口を開けることからこういう名称なのだそうだが、
人が鬼になる推移、常軌を逸した表情としてこれ以上ない表現力を持った顔だ。トラウマになりかねない。
目が見開き、口が裂け、角が出る、という、特定部位の数cmの変化が
これほどまでに強いメッセージ力を持つのである。


これはアトリエ・ワンの著書: 『空間の響き/響きの空間』のなかの
「お面」の章で語られていた「定型と逸脱の関係」、

-人間の顔という定型を成立させている普遍の配置のなかで励起された、特定項目の想像的な振る舞い-

の瑞々しい実例だ。

文楽人形の顔の小ささと手足の長さはこのことを好意的に用いた方法の賜物であり、
ガブの顔の変化は嫌意的に用いた最たる方法だと言える。



ガブに限らず、人形は人間をディフォルマライズする以上、
「身体」という人間が最も敏感に感じる「自然の定型」から必然的に逸脱してしまう存在である。

いつの時代にもどの国でも人間は人形をつくる習性があるようだが、
(ユダヤ・イスラム圏では禁止されているが -つまり禁止しないとつくってしまうわけだ-)
その動機のひとつに、必然的な逸脱を導くことによって、
背後にある人間の輪郭(=存在感)という定型を際立たせることが何よりも刺激的だった、
ということが挙げられるだろう。


+++


さて人形とくれば、ハンス・ベルメールについて語らざるを得ない。



Hans Bellmer:『Les jeux de la Poupée (人形の遊び)』(1949)


ハンス・ベルメールは、日本では球体関節人形の始祖として知られるシュルレアリストだが、
澁澤龍彦氏よって紹介されたためか、少々色が付き過ぎている感がある。

ベルメールに影響を受けたとしている日本人人形作家たちの球体関節人形の作品は、
正直言ってベルメール自身の模索とはかけ離れた
表層的なレベルへ留まったままに習作している印象を受ける。
同時にベルメールについて語る言葉が、いまだ澁澤的なものしか見つからないのも大変もどかしい。
彼の著書 : 『イマージュの解剖学』にある彼自身の言葉が抽象的で難解なことも、それを助長してしまう。


僕はそのような文脈と無関係に、浪人中なぜか辿り着いた町屋図書館で
たまたまベルメールの作品集を手に取ったことでその世界を知った。
全身感電したような衝撃を受けて、その日からベルメールの著作を探す日々が始まった。


彼の作る、そして描く、身体のラインの美しさは
僕の知る限りの古今東西、歴史上のどんな大芸術家も敵わない。
桁違いの技術とセンス、ただ単純に、そこに惹かれた。
彼独特の「デッサン的でない」デッサン、エンジニア的手法による異常な精度のドローイングスキルは、
僕が何度も見たことのあるものを、全く見たことがないレベルで描写していたのである。


たしかにベルメールからピュグマリオニズム、エロティシズムを漂白することは難しい。
しかし彼の人形が放つ圧倒的な存在感による誘惑をひとまず我慢して、
その人形がおさまっている写真の構図、色の完成度の高さに改めて注目すると、
そして人形よりもはるかに点数の多いドローイング群を片っ端から眺めると、
何かもっとラディカルな次元に対する試みと、現代的な地平が見えてくる。
今こそベルメールの作品は、澁澤氏の文学性を乗り越えることが急務なのである。



人形でもドローイングでも、ベルメールの恐ろしさは、
前述の「ガブ」や「お面」に見られる「部位の肥大化/誇張」
とはまた別のディフォルマライズによって、
骨、肉、脂肪の作り出すラインの魅力を犯罪的なレベルにまで引き上げることにある。

その手法とは、中途半端にバラして再構成すること。
「遊び」と表現される人形の解体と部位のリ・レイアウト、
そして肉体ではない「物」との混合並列は、
澁澤的な怪しくて猟奇的な臭みを過剰に帯びながらも、
肉体につきまとう経験情報を置き去りにして「輪郭」だけをダイレクトに抜き出し、
その魅力をこれ以上なく讃えている。



Hans Bellmer:『Rose ou Verte la Nuit (夜開く薔薇)』(1945)


更にベルメールの試みはラインの解体にまで向かう。
豊かなラインそのものもレンガのような中途半端な単位の「物」の積分とすることで
線を引く作業に対する「遊び」をもメタに組み込んでしまう。(cf. 『線は引くもの』
そしてその積分ラインが、やはり本来のラインの肉感と緊張感をとことん際立たせるのである。

それはまるで人類の輪郭、存在感をリセットするかのような壮大なチャレンジに映る。



Hans Bellmer and Unica Zurn ,rue Mouffetard, Paris.(1955)


彼の唱える『イマージュの解剖学』とは、この試みにほかならない。


+++


-意味生成のメカニズムには背景が必要で、目の前にある形に対して、
 参照としての定型や類型が成立していることが欠かせない。-

アトリエ・ワン:『空間の響き/響きの空間』 「お面」 より抜粋



定型が強く普遍的であるほどに逸脱のメッセージ性は強度を持つが、
そこにはとことんセンシティヴな度合操作が求められる。
異常事態であることを人間が認識するには、
同時に普通の事態も孕んでいなければならないからだ。
突き抜けることを意識し過ぎてそこを見落としたとき、あっという間に試みはキッチュに陥る。

逸脱という言葉を解体すれば、「逸れて脱っする」、
つまりこの言葉自体が、定型の輪郭の存在感を増す仕掛けを持っているのである。


今月のAAR特集において紹介されている
中村竜治氏の『とうもろこし畑』小山泰介氏の写真作品は、
誰もが肌(表層)で得るほどに普遍的な情報である
「重力」、「マテリアリティ」に対するセオリー感覚から見事に逸脱する素晴らしいスキルが発見できる。


そして建築においてはもうひとつ、「慣習」という重要な経験情報がある。

「重力」と「マテリアリティ」という普遍性に挑む驚きに加えて、
この「慣習」という社会性を帯びたわずかに動的な経験要素に対する逸脱へもチャレンジすることで、
ようやっと「かたちそのもので人を感動させる」という、
極めて表層的な感動のレベルへ辿り着けるような気がしている。


表層は、とてつもなく遠い位置にある。



出展:
文楽人形の画像はwikipediaより。
ガブ首の画像は 齋藤清二郎:『文楽首の研究』より。
Hans Bellmer の画像は Peter webb with Robert Short:『HANS BELLMER』より。

ノスタルジー・リセッティング

節目としては中途半端な、今から6年前。

僕は怒涛の大学院1年目を終え、ヨーロッパにいた。
イバノと3週間の旅行に出たのだった。

ヨーロッパ各地に点在する留学先の友人たちを訪ねながら、
古典はもちろん、
ストックホルムのアスプルンド、
ベルリンのシンケル、ミース、シャロウン、
プラハのプレチニック…

建築史に不動の楔を打つ建築家たちの作品を目の当たりにして、
かつてない興奮を得るとともに、名作を食べ過ぎていささか胸焼けしたかのように、
心身疲れながら旅を続けていた。


そして佳境の残り3日。
辿り着いたのはオランダ。

それまで一緒に旅をしていたイバノとクラバヤシさんと別れて、オランダ建築は1人で廻った。
クラバヤシさんは当時ロッテルダムに住んでたし、イバノは既に一度見て廻ったことがあったので。


アムステルダムの駅前のレンタサイクルで自転車を借りた。
目指すは自転車で一時間ほど掛かる、MVRDV設計の『WOZOCO』。
通称『100戸の老人用集合住宅』(1997)である。


+++

世界最高の平均身長を誇るオランダでは、サドルを一番低くしても足は届かない。
金玉にいささかの不安を覚えながら、慣れなくも快適に車道と歩道の間にある自転車専用路を進んでいく。
するとおばちゃんの乗る自転車が信じられないスピードで僕を抜いていく。
曲がりなりにもママチャリで東京中を走破していた僕なのに。

妖怪じみたスピードのおばちゃんたちにナメられながら中心街を抜けて進んでいくと、
整然と計画された住宅街へ入っていく。
広い道、運河、並木。
美しくて、びっくりするほど静かな街並だ。




時折道を尋ねるのだが、郊外へ向かうほどに
だんだんと爺さん婆さんの割合が増えて、英語が通じなくなってくる。
仕方ないので雑誌を取り出して、写真を見せて「これに見覚えない?」とジェスチャーしようとすると…

写真を見るなり、そのリアクションたるや!
さっきまで半分寝ていた爺さんが、「アー!」と大声をあげて、
大ぶりなジェスチャーであちらに指をさすのだ。

なんだ。なんだこれは。


『wozoco』へ近づくにつれ、英語の通じなさと反比例するかのように
そのリアクションのテンションが上がっていく。
まるで自慢の息子でも見せるように、
「おい東洋人、お前わざわざ来た価値あるぜ」、てなノリで、
庭先の柵から出てきて行き方を身振り手振りで教えてくれるのだ。

これには心底やられた。
この反応を見れば推して知るべし、もはやたとえ到着してなくても満足だった。





そしてついに現れたその異形。
不安な異国において1人で自転車に乗って辿り着いたという
開放感と達成感が何割増しかにしていたことは間違いないものの、
とにかくシークエンスの時点で身も心も奪われた僕は、
どんな古典にも負けない強度を持った、とてつもない現代建築の存在感をここに見たのである。



+++

僕は正直、MVRDVの徹底した直裁的デザインに頭では感動していたものの、
そのエクストリーム・デザインっぷりに対して、果たして身体的感動を呼ぶものかどうか懐疑的だった。

ダイアグラムをあまりにラディカルにフォルムへ転換してしまう彼らの手法を楽しむには、
かなり高度なデザイン・リテラシが必要だと思っていた。
屈折したデザイン魂が屈折をポキポキ繰り返してようやく一周してきた突端にあるような、
複雑で単純で、幼稚で知的なデザインなのである。





どんなにシークエンスに酔わされようが、明らかにこの建築は周囲環境から浮いていた。
派手なバルコニーの色の選択にも、あまりセンシティヴな絵心を感じない。
通常の感覚から言えば、いわゆる困ったちゃんな建築である。
そもそも計画された新しい住宅街だからあまりコンテクストは育っていないものの、
町並みに溶け込ませたい、という意志はどこにもありゃしません。

つまり、極めて、サイトに対するノスタルジーが排されて出来上がっている。

いやしかし、あの異常なテンションで行き方をなんとか教えてくれようとする周囲の爺さん婆さんは、
明らかに、この建築を軸にした新たなノスタルジーを感じ始めている。

単なる街のアイコンとは毛色の違うこの存在感は、一体なんなのだろうか。


「凍れる音楽」こと建築は、その知性がゆえに
放っておくと勝手にシリアスな表情になってしまいがちだが、
同じ知性を使って作られる、誰もが「笑ってしまう」ほどの直截的なアイデアと実現力には
出オチなんぞでは収まり切らない、長期的に「愛してしまう」強さがあった。
つまり彼らの建築を実際に体験することにおいて、
デザイン・リテラシなど一切必要がなかったのだった。




帰りたくない思いから、1時間ほどその周りをぶらぶらしていた。

突き出た住戸の下で、軒天と地面にボールをバウンドさせて遊ぶ子供を眺めながら、
それまで建築のモラリティ上、当然と思っていた
ナイーヴでウェットなコンテクストを謳うことによるサイト・スペシフィック建築よりも、
はるかに健康的で強くて、爽やかでしなやかな感動があることを知った。

そしてこの僕にも、人生で何度訪れるかわからない
遠く離れたこのアムステルダム郊外の住宅地に対して、
強大なノスタルジーが萌芽したのである。

行けるなら、すぐにでも飛んで行きたい。


+++

この『WOZOCO』で感じた存在感に似たものは、実はそれ以前に日本で感じたことがある。

ちょっと自分でも意外な参照例だが…、
原広司先生の『ヤマトインターナショナル本社ビル』(1988)である。




自転車で平和島公園をぶった切る環七の陸橋を上っていくと、
なんだか平べったくてデカい建物がじわじわと見えてくる。
ただ気ままに自転車を走らせていた大学2年の僕は、
予想だにせず現れた、明らかに原先生設計と見受けられるこの建物に
思わず「なんだそりゃ!」と声を上げた。

と同時に、異形ながらノスタルジーレスに建つからこその「凛々しさ」のようなものを感じて、
以来湾岸方面に行く途中に必ず通りかかるポイントに設定した。
そして僕なりの、東京湾岸に対する強くて大きなノスタルジーがまたここに生まれたのである。



この2つの建築を通して思うことは、
周辺環境と切っても切れない関係にある建築は、
環境に馴染ませ、溶け込ませたものだけではないということ。
異物感と際どい線上にある、ノスタルジーレスで背筋の伸びた建ち方もあるのだ。
それがキッチュに陥らないためには、記号や図式によるディフォルマライズに執着しない、
いささか慎重なスタディが必要だと思っているが…
エッフェル塔の現在の愛され方の経緯は、まさしくこの構図なのだろう。



そして隈事務所が得意とする地域の素材をテーマにした
「自然な建築」の成功したポイントは、まさにそこにある。


+++

隈自身は環境に「負ける建築」として、コンテクストに対してとことんウェットな設計の説明をしている。

しかし現在担当している、高知県梼原町で建設中の
『雲の上のギャラリー』でその設計をする身になってみると、
隈建築の建ち姿は決して周辺環境やコンテクストに溶け込むような類のものではなく、
どこまでもその地域や場所性をドライに引いて眺めた視点でしか
建ち得ないものであることを思い知らされる。


たとえば村井正誠記念美術館の木板、ちょっ蔵広場の大谷石で見られる
屍体標本のような「モノの晒され方」は、
ノスタルジーをむしろ破壊する程に極めて不気味なものに見える。

しかし、かつてのノスタルジーがリセットされるような「見慣れたモノ」の「見慣れない集合の仕方」は
不思議と凛とした建ち姿となり、その誇りの表情は眺める側へと伝播する。
そして萌芽した誇りはやがて新たなノスタルジーへと変質して、愛が場に蓄積されていく。

つまり単なる伝統回帰や、日本的な幽玄の美というレベルへ留まらないための
隈事務所におけるモノやコンテクストへの対峙方法は、
むしろ「徹底してノスタルジーを排除すること」にある。



『雲の上のギャラリー』 今夏竣工予定


梼原町は豊富な杉の産地であるが、ファブリケーション能力の限界のため
小断面の集成材を集積させるデザインが求められた。
そこで180x300の刎木を何本も重ねながら徐々に持ち出していくことを執拗に繰り返して、
橋桁全体を作っていくようなものを考えた。
すると、集成材という「木の組積物」とも言うべき単位の構図が
そのまま構成までディメンジョン・アップしても延長するような、
「木の組積造」とも言うべき建築が出来上がる。


それは、隈が『マテリアル・ストラクチャーのディティール』の冒頭で述べた
「支える、支えられるという建材同士の関係のヒエラルキーを取り去る」という理想を実現する、
スキン+ストラクチャーのレイヤー重層が統合されたノン・ヒエラルキー建築となる。

また、刎木を持ち出す「トキョウ」と呼ばれる伝統的な建築表現を過剰にオーバードライヴすることで、
和様の文脈が持つノスタルジーを解体し、フラットな建築表現へと還している。


つまりこの物件は、次なるステージに向かい始めている隈事務所において、
これまでの地域素材をテーマとした「批判的地域主義」作品群の
最終完成形として位置付けられることを目指している。




「どれだけノスタルジーを排して設計できるか、
 そしてそこからどれだけ大きなノスタルジーを発生させられるか」

隈建築に限らず、古典建築に匹敵できる強靭な現代のサイト・スペシフィック性は
この命題に挑むことで初めて達成される。

ノスタルジーをリセットすることこそが、
古典建築というあまりに巨大で美しい存在に対抗することのできる、
現代建築にしか為しえない強力な一手なのだ。




*オランダに入った時点で僕はデジカメを盗まれていたために、僕は『wozoco』の写真を撮れませんでした。
 アムステルダム郊外と『wozoco』の写真は、旅上手の富永大毅先輩よりいただきました。

人間と歌

世の中には死ぬまでに一度でいいから、生で、目の前で聴いてみたい曲があるものだ。
その人に近づけば近づくほどいい。
出来ることならmm単位まで貼り付いた状態で聴きたい曲。

僕の場合は、
Maurizio Pollini : ショパン『Etude Op.10 No.01 in C major_Allegro』
Nuno Bettencourt : 『Midnight Express』
そしてCyndi Lauper : 『I'm Gonna Be Strong』である。






Lady GAGAが来日したから、天邪鬼的にCyndi Lauperの懐古話をするわけじゃないです。
いつだろうがなんだろうが、僕はこの曲が大好きなんである。
もーなんてったって好きなのだ。


素敵であるとともに、変な曲である。
リフ→ヴァース→ブリッジ→サビ→繰り返し、なんてお約束の流れには乗らない。
ただただ一本道でテンションが上がっていき、
絶唱、という程にタコメーターが振り切って終わる。

かよわく始まりながら、
いつの間にか強靭な意志の煌きを見せ付ける凄まじいテンションへと至るが、
ラストの絶唱部分の歌詞は

And you'll never know darling
After you kiss me goodbye
How I'll break down and cry.


と、弱さで終わる。
真っ直ぐだけど、皮肉な曲でもある。
ラブソングでありながら、毅然としたメッセージソングのように聴こえるところも心を掴む。



さて、この曲はカヴァー曲である。

1963年にFrankie Laineが発表し、
1964年にはGene Pitneyがカヴァー
その16年後、1980年にシンディがソロでデビューする前のロカビリーバンド:
Blue Angelsでカヴァーをリリース。



そして1994年に現在のヴァージョンへと至る。
30年越しのメロディなのだ。

こちらはスタジオ版。



前二者のヴァージョンも素晴らしいが、
シンディの手に渡ったときの昇華具合はすごいものがある。
メロディをいじくりまくっていて、
一本道で昇り詰めていく連続感が巧妙に作られている。
(スタジオ版の2分3秒に一瞬挟む"wowow"とか、2分11秒のdarlingとか、)
しかもそれを、極めて無邪気にやっているような印象もある。


+++



1994年当時、15歳だった僕を含めて田舎の中高生までにもバカ売れした
彼女のベスト盤:『TWELVE DEADLY CYNS...AND THEN SOME』において、
『Girls Just Want to Have Fun』も
『Time after Time』も
『True Colors』も差し置いてこの曲が冒頭を飾る理由は、
彼女の音楽活動の原点の曲であるとともに、
商業的なことは無関係で、確固たる手ごたえがあったのだろうと思う。


このアルバムは夜更かしを覚えた頃、深夜にテスト勉強の傍らよく掛けたものだ。
『All through the night』
『I Drove All Night』
『The World Is Stone』
は世界に僕しかいない、冬口の静かな深夜によく似合う曲だった。

80年代特有のリヴァーヴ掛かりまくりで奥行きありまくりな音と、
シンディの特徴でもあるフラットに長ーーーーーーく続く長音と、
その後に細~か~く揺~さ~ぶ~る~ヴィヴラートの掛け合わせが、
まだまだ世界には時間があるような感覚を与えてくれて、楽しかった。


そして朝方、夜が白む頃の時間帯に流れる
『I'm gonna be strong』の恍惚感は何にも変えがたいものがあった。
寄り道せずに一本道で上っていくこの曲はなんとなく日の出のイメージで、
自分にとって縁起の良い曲、みたいな感じもあったんだけど、
それよりも、歌というものの原点が見えるような気がしていた。

というもの、僕は基本的にポリフォニー (複数声部)の複雑な絡みが好きなのだが、
モノフォニー(単声部)でここまで愛せる旋律は生まれて初めてだったから。
また何度も言っているように、一本道で昇るという構成で、ちょこざいな企みがないこと。
メタカヴァーという複雑な経緯を辿りながら、
複雑なまま、歌のオリジンに回帰しているような不思議な表情を感じたのだ。


歌のオリジンって?


+++

現在における世界最古の歌は、シリアはウガリットから出土した
約3400年前の粘土板にフルリ語で書かれていたものらしい。
なんとびっくり、ポリフォニー。クラスは2つあるとのこと。
しかしそれが2つのメロディーが絡むものなのか、
メロディとリズムなのかはわかっていない。


完全な形で残っている楽曲、つまり再現可能な世界最古の歌は、
トルコはアイドゥンで発見された『セイキロスの墓碑銘』である。
こちらはモノフォニー。
紀元前2世紀頃から紀元後1世紀頃に作られたもので、歌詞もある。





生きている間は輝いていてください

思い悩んだりは決してしないでください

人生はほんの束の間ですから

そして時間は奪っていくものですから




今の我々にとって世界最古のものが「時間のなさ」を歌っているとは皮肉だね。
メロディは検索すれば聴けます。


『セイキロスの墓碑銘』 現代譜



村上春樹:『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』では
影を剥がされた「僕」が人間存在を取り戻す象徴として、歌を思い出すシーンがある。

『新世紀エヴァンゲリオン』でも、第17使徒:タブリスこと渚カヲルくんが言う。
「歌はいいね。歌は人の心を潤してくれる。リリン(人間)の生んだ文化の極みだよ。」


同世代のアーティスト:高木正勝氏は『Tai Rei Tei Rio』でこの命題に迫ろうとしている。
余談だが、僕は彼のライブアルバム:『Private/Public』に収録されている
10分21秒の大曲:『Rama』が、最もその領域に近づいている極みだと思っている。
音楽でここまで感動したのは本当に久しぶりだ。



思うに『I'm gonna be strong』も、『セイキロスの墓碑銘』も、
歌も、文化も、世界が思い通りにならないから歌うのだ。
彼/彼女と別れないといけないこと、人生が儚いこと、
時間になされるがままの世界において、人間が時間で抗う手段なのだ。

短く限られた時間のなかで生命維持の時間をふと忘れ、
いや、時間そのものを忘れ、歌に大事な大事な時間をくれてやる。
歌に命を燃やして、歌に投資するのだ。


+++

今のシンディが、アカペラで『I'm gonna be strong』を歌っている。





ラストのcry三連発を生で聴いている人たちが上げる声は、
歓声というよりは悲鳴に近い。
僕だって生で聴いたら、間違いなく悲鳴を上げるだろう。

これを歌っているシンディは、55歳である。
まだまだ、時間はあるよね。

線は引くもの

100年に1度くらい絵を描きます。


『crack』 / 『cruck』


どうなっているのかというと、



こうなってて…



こうなっています。

大きいサイズのものはこちらに展示しています。
実物サイズはφ250mmくらい。
ともに6時間くらい、インクペンでしこしこと。
以前、2009.12.19.mashcomix10周年記念パーティのエントリ
読んでくださった方はお気づきかと思いますが、
ライブペインティングでのひび割れドローイングを応用してます。


これをつくるタイミングの機会を与えてくださったのは、
QR CODE MUSEUM (キューアールコード美術館)を主催したg86の皆さん。


QR CODE MUSEUM

前回からドカンとディベロップしたこの企画に参加作家としてお声掛けいただき、
都市空間に浮遊するQRコードから絵を閲覧するというこのコンセプトに即して
何か新しい絵を作れないものか、と考えてみたのだが…

今回のQR CODE MUSEUMでは、恐らくターゲット層で爆発的にユーザーの増えた
iPhoneでの閲覧がメインになるだろう。
そこに照準を合わせると、画面を人差し指と親指でつまむようになぞることでブラウザや画像を拡大縮小する、
というiPhone独特のアクションをしながら鑑賞されることになるだろう。


このどこか経験的ながら新鮮で独特なジェスチャー自体の面白さに気付けるようなメタ絵画、ということで、
拡大縮小することが楽しいフラクタルモデルでありながら、
パンして移動すると部分部分で明らかに様相の違うフリーライン、という複雑な表情を作った。
なんとなくせっかく買ったiPhoneの画面がビッシビシにひび割れてる感が出ると良いかな、
なんてことも思ったが、さすがにそうは見えんか。


そんなわけで、iPhone用は
こちら(『crack』)こちら(『cruck』)
待ち受けにじゃんじゃん使ってやって下さい。

ちなみに僕はiPhone持ってません。


+++

さて、100年前はどんな絵を描いたかというと…。



これは2時間半掛けて描いた一筆書きの絵。
300mm/1秒として考えれば、この線を全部ほどくと2.7kmの長さがある。



というわけでここ200年、
インクペンを持って線を引くことのみでつくる絵を描いている。
いかにインクを減らすか、みたいなスポーツになりつつあるが…

これらは線の引き方を一種類に限定して、ひたすら連続させたものの最終形態の違いを楽しむ、
というような類のもので、それはまさしくドローイング・スポーツなわけだが、
そういえば日本語も英語も、線を押すとは言わない。


線は引くものだ。
line is a drawing thing.


引くということは、自分の体の方へ寄せるということだ。
つまり絵は自分から生まれ得る情報を世界へ押し出しているように思えるが、
実は世界を自分へ引き寄せて取り込んでいる作業なのだろう。
言葉遊びをするならば。


いやしかし、一筆書きとはまた真逆の操作、
ひび割れ目3本/1秒 = 計64800本/6時間 の線を引いていると、
そのメルヘンに妙な説得力を感じざるを得ない。
線や言葉で世界を分割する行為は、引き寄せる運動であり、現実への肯定的態度なのだ。
現実よ、いいから俺に入ってこいと。


この、恥ずかしくて人に言えない現実への陶酔感を、
ただただ線のかたまりの迫力に全て置き換えたい。
そんな変換方法でしか、あまりに陶酔が大きすぎて、恥ずかしすぎて、人に伝えられない。



+++

ここ半年、実施設計で気が遠くなるほどの無数の図面の線を引いている。
上記のドローイング・スポーツと全く同様、
これから自分が立つであろう空間に対する抑えられない偏執的な陶酔を、
実施設計図でしか恥ずかしくて伝えられないような思いで、線をひたすらに引いている。

そして何より、実施設計図でしか、この陶酔の巨大さを丸々担ってくれない。
圧倒的に巨大な陶酔と構想は、圧倒的に細かくて緻密な単位の集合でしか定着し得ないのだ。
これは先日のエントリ:『文字の羅列』の最後に書いている部分と同じお話。


G-tokyo2010の青木淳+杉本博司対談で印象的だった
「現場に貼り付かない建築家は楽だな!」
という杉本博司氏の挑発的な言葉に対する僕なりの答えが、これに当たる。
「全てがある」と思われている現場では絶対に担えない空間への興奮と陶酔が、
実は机上の無表情でモノクロな線にあるのだ。
物性だらけのあまりに現実的な場所では、どうしても取りこぼしてしまう想像力がある。

物性を知り尽くして空間を設計するのが建築家と教えられてきたが、
物性を超えたところでも、なお空間を想像するのが建築家じゃなかろうか。


青木淳氏は杉本氏の問いに対し、
図面を「建築の抽象物」として可能性を担うものと答えていたが、
僕にとって図面は「建築以上の高解像度な建築」であるがゆえにこの可能性を担っていると考える。

建築の方が、図面の抽象物なのだ。

川久保玲の怒り

元を辿れば長野の山奥のクソ坊主なのだが…
いっちょまえにCOMME des GARCONS 3を買ってしもうた。



COMME des GARCONS 3

ラストノートのシダー(杉)がトップからかなり主張していて、
ふと香るたびに少しだけ背筋の伸びる感覚がする。
キャラクタの強いギャルソンのフレグランスのシリーズのなかでも、
これはとりわけ異端な香り。
パッケージデザインの異様さも相まって、たまらず購入してしもうた。



PRADA AMBER POUR HOMME / HERMES UN JARDIN SUR LE NIL

これでマイフレグランスは
PRADA AMBER POUR HOMME
HERMES UN JARDIN SUR LE NIL
と併せて3種。
天気、気分、場面に任せての使い分けがとても楽しい。


さてそのクソ坊主がどうしてフレグランスなんか買い始めたかと言うと、
かつてFM24.7というサイトにて、
世界でたった4つしかないアニマリック・フレグランス(動物性香料)についてのコラム
を書いたからだ。

香料と人間の関係は非常に面白い。

…とまぁそれは上記サイトにてさんざん書いたことなので、
今日は別の話に触れたいと思う。



+++

随分前になるが、COMME des GARCONSの創立者である
川久保玲氏のインタビューがasahi.comに載っていた。




どの言葉も示唆的で読み応えがあったが、
そのなかで、とりわけ際立つ複雑な受け答えがあった。


――反骨精神は、何に対して?

 自由に生きていきたい、皆が幸福でなければならないと思っても、
そうできない世の中の仕組みがあります。
それに、人間はそれぞれ生まれてきても決して皆同じじゃないし、
同じものをもらってないわけですよね。
そういうどうにもならない不平等の中でも、
自分は自分だって頑張って生きていかなきゃならない辛(つら)さがある。
不条理って言ったら言い過ぎかしらね。
子供の頃からずっとそういうものに怒りを感じてきました。
その気持ちを今後も持ち続けたい。




僕はこの言葉に、えっ、と耳(目)を疑うような思いがした。
言っていることはシンプルな感情なのだと思うのだが、
少し理解に時間が掛かった。

皆が同じでない、どこまでも自分として生きていく、
というあまりに根本的な条理を「不条理」と捉え、
子供の頃からそこに継続的な「怒り」を感じている?


それは子供の頃のねたみややっかみから始まったピュアな気持ちなのかもしれないが、
絶えない反骨精神の原料は何か、の問いに対する答えとして、
この言葉は単なるおパンクなカウンター志向では済まされない感覚が潜んでいる。



文化が産まれる理由のひとつに
「同じだから伝わるし、違うから伝える必要がある」
という、群体としての人間の普遍的な事実が挙げられる。

つまり生産行為とはコミュニケーションの総体であって、
いかにこのオリジンに常々還れるかどうかが、
生命維持行動を超えたところにある
創作行動のモチベーションの維持に関わっている。


僕はこの事実に対して基本的に「喜び」を感じていて、
たとえストレスフルなプロセスを辿ろうとも
このことがもたらす強烈で麻薬的な喜びのおかげで
何とか今までやってきて、これからも一応やっていくのだが。

しかし川久保氏のように、この事実に「怒り」を感じ続けているならば、
造作もなく、一瞬にしてこのレベルへ立ち戻れるだろう。
いや、立ち戻ってしまうだろう。
なるほど、これは圧倒的に強い。




子供の頃のシンプルな怒りを、年齢を経ても継続するほどに、人は「不良」と定義される。
しかしその世界との、社会とのねじれをねじり続けた先には、とても複雑で美しい世界が待っている。
このことは以前『不良的思考』というタイトルで書いた日記をご笑読いただきたい。


あのときはベンジーの歌詞を例に挙げたが、ここに巨大な不良がいた。
たとえば1m先のコップに手が届かない、両親が僕の話を聞いてくれない、
という不可能性の条理の積み重ねが、
フィジカルに、メンタルに、「私」の限界=「私」の輪郭を作る。
そこに納得しない赤ん坊の行為である「おむずがり」を70年間近くも持ち続けたらどうなるか。
世界はとてもつらくて、とても美しいに違いない。


そういえば以前Radioheadのライブで見たトム・ヨークの歌い方は、おむずがりそのものだった。
後ろの方でコーラをすすり、フランクフルトをパクつきながらしげしげ眺めていたが、
「どうしても世界が変わらない!」って、めっちゃくちゃむずがってた。



+++

さっき挙げた3種のフレグランスの使い分けは、端的に言うと
PRADA AMBER POUR HOMME はスケベになる感じで、
HERMES UN JARDIN SUR LE NIL はスタイリッシュになる感じ。


あくまでも個人的な感覚で話を進めてしまうが、
COMME des GARCONS 3は、纏っている間は自分が何者にもならない感覚がする。
パーソナリティが消えてしまう。

これはフレグランスとしてはやはり異端の類で、上記2種のように本来は
「香りを纏う=何者かになる」という意図でつくられ、使われているはずだ。

その根源を覆すような感覚。
少し人間を脱却し、自分を定義している物事からわずかに離れて、
無機物になれるような、食欲も性欲もない事柄になる感覚。



それが人間の宿命的な事実に対する
継続的でどうしようもない怒りによって生み出されたものだったなんて。

痛快すぎて、人間的に目頭が熱くなる。


文字の羅列

唐突だが、西夏文字は残っている。

チンギス・ハーンによる異常で執拗な抹消行為の隙間を縫い、
長らく「解読」は出来なくなったものの、「形状」は奇跡的に現代へ残った。
今日はこのことについて思うことを、ただ思うことを、
文字という至高の芸術に敬意を表して、ただ長々と書いてみたい。


出張中の飛行機のなかで、いつも楽しみにしているANAグループ機関誌:『翼の王国』を読んでいると、
「流砂に消えた王国」という西夏の遺跡を巡る旅行記事があった。
ちょうどビックコミックスピリッツに連載している伊藤悠:『シュトヘル』という
西夏文字をテーマにしたマンガの魅力にやられまくっていたため、
興奮して隅から隅まで読ませてもらった。




西夏文字と李元昊

西夏は1038年~1227年に中国西北部に存在した、タングート(チベット系民族)の国である。
李元昊(り・こうげん)という天才政治家によって建国され、強固な哲学を以って、
またイスラム、仏教、ヒンドゥー、チベットといった多様な宗教文化領域の狭間であることも手伝い、
独自の文化を形成した。

その文化の最たる結晶が、西夏文字である。
先の李元昊が建国とほぼ同時に創作を進め、約6000字に及ぶ民族文字を作り上げた。
漢字の構成を拝借しながら、西夏の古代語の要素と独自の工夫や発想を織り交ぜたため
象形要素が抜け落ちており、もともとの漢語の知識ではまったく読むことが出来ない。
長らく未解読の時代が続いたが、1960年代頃に大体の解読がなされた。


西夏文字で中国人を表す「漢人」は、「小偏に虫」と表記する。
つまり、そこには確固たる哲学がある。
文字は哲学によって生まれ、経験で育てられることで、
その社会を象徴しながら事象と記憶を留める。

李元昊は全てが消えていく大草原において、「留めること」を考えた。
反草原。
それは本当に、本当に革命的な行為だった。




モンゴル文字の国璽とチンギス・ハーン

一方、モンゴル帝国は文字を持たなかった。
(モンゴル文字は、西夏文字が生まれてから150年後、
 国璽(印鑑)の必要性を迫られて生まれたという極めてビジネスライクな起源を持つ。)


チンギス・ハーンは、何も留まらず、何も残らない「順草原」の哲学を持っていた。
そうでしか彼の異常な行為は説明できない。
彼はおそらく人類史上最大の殺人鬼である。
「歴史からなかったことにする」という行為を繰り返した恐ろしい人間だ。怪物の類である。
制圧した都市は人間のみならず、犬、猫、そこにいる「生物」全てを完全に殺し切ったという。
建造物、工作物、そして文字もまた、殺され、焼き尽くされた。
領土征服というよりも、人間の構築した都市をただひたすらに草原に還していった、
という表現の方がどう見ても正しい。
なぜか宗教には寛容だったというが、それは「何もない」草原において、
偶像があってもなくても同じ、という理由ではないだろうか。


復讐の相手には煮えたぎる金属を体中の穴に流し込むという想像を絶する拷問を行い、
死者数を数えながら周囲国家の戦意を殺ぐために淡々と男、女、子供別の生首のピラミッドを築き、
時には職人だけ生け捕りにして技術を奪い、
次の戦いが城攻めならば捕虜と敵国の武具を確保し、最前線に立てて容赦なく同士討ちをさせた。
降伏しようが和議しようが、用が済めば平然と約束を破り皆殺しにした。
全てが異常なまでにシステマティックに遂行され、黙々と都市を消した。


なぜそこまで「消した」のか、はわかっていない。
先にも書いたように、草原の哲学を貫いたとしか言えない。
ヨーロッパにおいて「タタールの軛(くびき)」のトラウマは今にも続く。
「消した」ことで、逆に世界中にトラウマを留めた男。
西夏も例に漏れず、あらゆるものが消された。

一説によると、西夏文字には何かチンギス・ハーン自身のトラウマが記されていたために
執拗に焼き尽くされたのではないか、というドラマティックな話もあるが、
恐らくチンギス・ハーンは「留める」という哲学そのものを焼き払いたかったのではないか。
自身の陰惨な生い立ちから築き上げた「全ては消える」という彼の哲学が、
消えたことで彼の精神をなんとか保っていたかつての家族と友人の怨念が、
西夏の「留める」という哲学を何としても否定しなければならなかったのではないか。

ヒンドゥーになぞらえれば、李元昊はヴィシュヌ(保持)、ハーンはシヴァ(破壊)。
西夏を巡る攻防は、草原を軸にした人間の最もラディカルな哲学のぶつかり合いだった。
(*両者は世代差があるので直接対峙はしていない)
結果西夏という国家は徹底的に滅ぼされたが、
西夏文字という文化の真髄は残ったことで、ある種の勝利を収めた。







この歴史をもとにした伊藤悠:『シュトヘル』の設定が抜群に切れている。
モンゴル帝国のなかで圧倒的武力を示して頭角を現すツォグ族の幼い皇子:ユルール。
チンギス・ハーンの落とし子でもあるユルールは
ツォグ族の存続を担う政治材料として丁重に生かされている。
そのことに負い目を感じて生きる虚弱な10歳の少年は、
自身の一族に消されていく人々の無念をも同時に背負い、
記憶を留めるために生まれた西夏文字に至高の美しさを感じている。

結果、純モンゴル人どころか、大ハーンの血を引く人間でありながら、
ユルールは西夏文字を永遠に残すために、
ただ持っているだけで万死に値する西夏文字の字典:「玉音同(ぎょくおんどう)」を抱え、
文字以外の一切を捨てて一族を裏切り、はるか遠くの宋国へと逃亡の旅に出る。
その途中、モンゴル族に故郷を壊滅させられ狂人と化した西夏人の女戦士:シュトヘルと出会う。


+++




『翼の王国』に掲載されていた、1. 居庸関(きょようかん)刻文の楷書の西夏文字
『シュトヘル』のなかの 2. 玉音同に刻まれた西夏文字 は本当に美しい。
美しいから残った、としか言いようがないほどに説得力のある美しさだ。

画像の下段に並べたのは、まだ解読されていない古代文字の羅列である。
(3.ロンゴロンゴ文字 / 4. 彝文字 / 5.インダス文字 / 6. ヴィンチャ文字 / 7. キュプロ・ミノア文字)



伝える内容とは別次元で、文字という形状そのものがここまで美しいのはなぜなのか。
意味を持つ単位の、整然とした羅列は、なぜこうまで悪魔的な魅力を持つのか。

建築においても、設計される建造物とは別次元で、図面、ドローイングの強さというものがある。
以前生で見たコープ・ヒンメルブラウの『ヴィラ・ローザ』、
ハンス・ホラインの『表現手段としてのコミュニケーション交流都市プロジェクト』、
ギュンター・ドメニヒの『フローラスキン』といったオーストリア勢のドローイングは
あまりにも緻密な線であまりにも大胆な構想を留めていて、凄まじい衝撃を覚えた。
あの感動は模型どころか、建築以上だった。
建築界の情動は実のところ建築が担わず、ドローイングによって牽引されている、とはよく言われることだが…




1. Coop Himmelb(l)au : 『Villa Rosa』(1968)
2. Hans Hollen : 『Project City-Communication Interchange as a Means of Expression』(1962)
3.4. Eilfried Huth & Gunther Domenig : 『FLORASKIN』(1971)




リアライズの手前にある、リアライズ以上の精度をもってイメージを留める行為自体の強さ、美しさを感じたい。
整然と並ぶ文字、図面に見るただならぬ魅力は、物事を留めて伝えるものでありながら、
時間と無関係に内容以上の想像力を誘爆する燃料のようなものを内包しているからだ。
それは西夏文字が、1000年を経た現代においてまでも
『シュトヘル』の想像力を生んだことを考えれば、確かなことだ。


隈研吾の論考:『ポスターからオトナリへ』(新建築2008年7月号)では、このスケールの時間を超えられない。
ポスターで宣伝し、グッズとしての建築を売ることから、
近接するお隣に声をかけるという部分ごとのコミュニケーションが
都市の全体をつくるリアリスティックな手段だと彼は謳う。
隈はマニフェストとしてのポスターをあえて商業的観点で説明することの新しさを見せたが、
それでもなお、ポスターの持つ圧倒的な想像力のポテンシャルは汚れない。
そんな隈事務所でもコンペティションにおいて提示するしかないポスターは、
勝ち負けに無関係で、今は当然、おそらく数十年という先の世界でも、価値が巡るものだ。
それは都市計画の実現性とはまた別次元の建築的価値であり、且つこれは誰もが体感的に知っている。


僕はポスターが描きたい。
磯崎新によってナンセンスにされようが、必ず回帰する建築界に課せられた仕事だ。
ポスターで都市を語ることがナンセンス、という逆説的な楔を打ったのもまた
磯崎の『ふたたび廃墟となった広島』(1968)というポスターであるが、
あれが建築だったらここまでの破壊力はなかった。
その意味で、精度を持ったポスターの強度は未だ揺らがない。
オトナリどころか、時空を超えて想像力をつなぐために、僕はポスターを描きたい。


そしてこのくそ長くてふらふらと胴体着陸する妙な日記が
たとえ現代日本語を解さない人たちにとってみても、
内容の緩急とリンクするこの文字羅列のリズムだけでも美しいと感じてもらいたい。
そのためだけですら、僕は言葉を綴りたい。



出展:
特記なき限り画像出典はwikipediaより。
居庸関刻文の画像は『翼の王国』No.487より。
マンガの画像は『シュトヘル』より抜粋。
建築のドローイングは『アーキラボ 建築・都市・アートの新たな実験』より抜粋。

LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010 実況レビュー 06-02

二次会レポートです。
こちらでラストになります。


写真があるのでもう少しJP寿司の様子をご紹介。



何度もやっていますが今回が一番食べてもらえた。
というのも、長丁場のイベントで本当に皆さん
おなかすいてらっしゃったからだと思います。
学生スタッフの食欲もすごいものがあったが。




食べてくださった方々、そして実現させていただいたINAX:GINZAさん、
本当にありがとうございました。





近くの会場に移動して二次会。
TRAで反省会。次の企画について早速話し合う。
この数分後に藤村さんは力尽き、省エネのスリープモードへ。
(皆からエコ藤村と呼ばれる)




びっくりなことに会場には岡田栄三さんが!
「どうせここでLRAJの打ち上げやるだろう」と読んだ上で
同日開催されていた「鏡の髪型 清水久和」展トークショー
の関係者皆さんの打ち上げ会場をこちらにセッティングしたらしい。
完全に狙い通りのバッティング!策士やなー。




今回動画編集を担当してくれたY-PACの皆さんやスタッフの学生たち。
タフなイベントだったけど、イベント実行の経験として
とても濃い一日になったのではないだろうか。
献身的に協力してくれて本当にありがとう!


深夜3時まで色んな方々との議論は続きました。



長々と、遅れ遅れの更新で大変ご迷惑をおかけしましたが
お付き合いいただき本当にありがとうございました。
また今回のイベントの内容が内外に派生して、
様々な形で現れてくるのを楽しみにしています。

ROUNDABOUT JOURNAL、そしてAARの今後の活動にご期待ください。
よろしくお願いいたします。


+++
LRAJ2010 実況レビューINDEX:

00-01:LRAJ2010準備レポート その1
00-02:LRAJ2010準備レポート その2
00-03:LRAJ2010準備レポート その3

01セッション:藤村龍至 + 濱野智史
02セッション:酒井康史 x 連勇太朗
03セッション:池上高志 x 李明喜+岡瑞起 x 藤本壮介
04セッション:磯崎新

05:フリーペーパー発行
06:打ち上げ(JP寿司)
07:二次会

LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010 実況レビュー 06-01

フリーペーパー発行ののち、登壇者の皆さんやメディア関係者の方々、
スタッフたちの打ち上げが開催されました。




んで…、遂にやってしまいました、サプライズJP寿司!
INAX:GINZAのご厚意を受けて
極秘下のもと仕込みを行い、実現してしまいました。
パートナーである仙田満事務所の
宇佐美(通称:自然先生)も駆けつけてくれました。

*JP寿司とは、わたくし松島JPが5年前の隈事務所での暑気払いを契機に、
 東工大仙田研究室の納会、ホームパーティなど各所で開催している
 知る人ぞ知る、知らない人はまったく知らない手巻き寿司興行です。
 詳細はこちらをご参照ください。




会場が築地のお隣京橋ということもあり、
築地直送のネタがいつも以上に新鮮な輝きを見せている。
ご飯を乗せるまな板は、今回は見栄えが大事ということで
ウサミがわざわざ自腹切って買ってきてくれたのだった。





見て、見てこれ!
磯崎さんがJP寿司を食べてるよ!
巻いてお渡しするときに、緊張して手が震えて
イクラが落ちてしまいましたよ。

東浩紀さんほか出演者の方々も驚かれてました。
打ち上げまで設計するのがROUNDABOUT JOURNALです。
しかしネタのレイアウトと人の流れの関係について東さんからダメ出しを喰らう。
「アーキテクチャ、甘いんじゃないの!?」
どこまでも厳しいお方…




ご自分でコハダや和え物を取る磯崎さん。
笑顔でお食べになっているのを見て、とてつもない感動を覚える。
でもなんでこんなことしてんだろ俺。
JP寿司、史上最大の大物ゲストです。
でも仙田さん、隈さんもそうですが、
JP寿司を食べたことのある建築家さん、結構いるんですよ。




大成功して有頂天の松島JP。
寿司屋でもいいから以後お見知りおきを。

07:二次会
へつづく
次でラストです。長々とすみません。


+++
LRAJ2010 実況レビューINDEX:

00-01:LRAJ2010準備レポート その1
00-02:LRAJ2010準備レポート その2
00-03:LRAJ2010準備レポート その3

01セッション:藤村龍至 + 濱野智史
02セッション:酒井康史 x 連勇太朗
03セッション:池上高志 x 李明喜+岡瑞起 x 藤本壮介
04セッション:磯崎新

05:フリーペーパー発行
06:打ち上げ(JP寿司)
07:二次会

LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010 実況レビュー 05



第二部の冒頭では、なんとライブで編集!したY-PACによるLRAJ2010のムービーを披露。
しばし手を止めて見入る編集部。





第二部のアツアツな議論を経て、
いよいよフリーペーパー発行です。




今回はTwitterのTL上で展開された議論や感想も編集して、黄色い縦折A4の紙に掲載。
これをA3折の紙に挟み込むことで、
文字起こしされたセッション内容とシンクロして
TL上でどんなリアクションがなされていたかもわかるようになっています。




200人を超える入場者の方々へ配布。
駄々漏れではなく、カチッと編集された情報がその場で発行され、
お持ち帰りできるというイベントのつくりに喜んでくださいました。




僕自身もこれを読んで復習し、次なる議論につなげていければと思います。

さて…続いては打ち上げの様子をレポートします。
06:打ち上げ(JP寿司)
へつづく


+++
LRAJ2010 実況レビューINDEX:

00-01:LRAJ2010準備レポート その1
00-02:LRAJ2010準備レポート その2
00-03:LRAJ2010準備レポート その3

01セッション:藤村龍至 + 濱野智史
02セッション:酒井康史 x 連勇太朗
03セッション:池上高志 x 李明喜+岡瑞起 x 藤本壮介
04セッション:磯崎新

05:フリーペーパー発行
06:打ち上げ(JP寿司)
07:二次会

LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010 実況レビュー 04

実況って冠はなんなんだって感じで大変恐縮ですが…
ラストセッションのレビューです。




遂にご登場の磯崎新さん。
控え室にいらっしゃったときからオーラムンムンでした。
この存在感はちょっと圧倒的です。




プレゼンテーションの内容は、
アーキグラムにおけるセドリック・プライスの立ち位置に自分を重ねての、
批判的メタボリズム、批判的都市設計について。

都市設計におけるシステムは自走し、自滅する。
コンセプトは炎上する。
建築物を単純にコンピュータだけで展開していっても
いずれはキャラ、アイコン化に至る。
ただ、プロセスしか信じることができない。
「都市への回帰」の模索は続けているが、
60年代に宣言した「都市から撤退せよ」はいまだ有効な状態になっている。





TLでは、磯崎さんの放つ「炎上」というボキャブラリーや
pptの現代的ビジュアルに歓喜する、さながら祭の様相だった。
「2/6はアラタ記念日」なる声も上がる!
都市設計に対する諦めの連続、という批判的内容に対してネガティヴな反応は少なく、
むしろ拡散される問題提起に対しての議論が誘爆されていく。
批判的諦めスタンスを以って、生産に向かう。
磯崎流諦観構築手法の真骨頂を見た思いがした。




情報化、集合知は物事の解析レベルを圧倒的に引き上げたが
果たして物事の統合レベル、構築レベルを引き上げるものなのか。
統合や構築=つまり「建築」は、膨大なトライアンドエラーで蓄積された
慣習要素=レガシーシステムのみが担うのか。

今回のイベントの根幹を問う議論は、第二部へと引き継がれる。


*第二部の内容についてはフリーペーパーやこちらでは掲載いたしません。
また後日、別の媒体にて編集して掲載したいと考えています。





05:フリーペーパー発行
へつづく


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LRAJ2010 実況レビューINDEX:

00-01:LRAJ2010準備レポート その1
00-02:LRAJ2010準備レポート その2
00-03:LRAJ2010準備レポート その3

01セッション:藤村龍至 + 濱野智史
02セッション:酒井康史 x 連勇太朗
03セッション:池上高志 x 李明喜+岡瑞起 x 藤本壮介
04セッション:磯崎新

05:フリーペーパー発行
06:打ち上げ(JP寿司)
07:二次会

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