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02月 08日 07:10   /  FDmountwill_millsの日記
[社会] #LRAJ2010 Ust配信 PCの前でぶっ続けで見た

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「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」実況レビュー05

第5部、ラストセッションのレビューです。


+++

■プレゼンテーション

・藤本幸三さん



メゾンエルメスはもともと展示スペースではなく多目的スペースだった。
想定されていなかったものなので
搬入や外光の取入れ方は美術館の常識外であり、使い勝手もよくない。
しかし作家にはポジティヴして制約として楽しんでもらうことで
ここでしか出来ない展示というものが実現されているのではないか。
作ってほしいものが前持って規定されないのが良いと考えている。


・西沢立衛さん



アートは建築の設計を通して断片的に関わることはある、という程度。
これまで美術館設計の大事な設計の原則は
「建築と美術を一体化しない」ことだった。
施設として成立する以上、空間に汎用性が求められるのが常だったが、
直島の美術館計では両者の一体化を求められた。
建築というより周囲と連続した環境的なものを作ることで、
建築もアートも等価な立場で共存することが出来る。


+++

■相互インタビュー



・藤本さん→西沢さん
どのような美術館建築に魅力を感じてきたか。

→西沢さん回答
これまで見てきたものでいいなと思うものは、
やはりその場の持つ環境や文化と決して切り離せないもの。
環境との包含関係
→建築にとっては都市との関係
→アートにとっては建築との関係
を丁寧に作ってあげることではないか。


・藤本さん→西沢さん

金沢21世紀美術館も作家にとっては使いづらいはずなのだが、
オラファー・エリアソン展では本人が驚くほど作品が空間におさまっていた。
使い勝手、ファンクションを超えたおさまり感を作り出すものは何か?
モジュールの操作はどうだったのか?

→西沢さん回答
実は身体との関係ではないところで決めている。
搬入のためのカローラが通れるカーブをもとにすると
芯々で3mというグリッドモジュールが与件としてあった。
ただ、壁のあり方や単位空間同士の関係で
プロポーションやスケールとはまた別の
作品との関係が作られることを意識していた。
実を言えば、もうちょっと壁に穴を空けたかったが、
提案に寛容なニューミュージアムの人たちですら
壁に穴を空けるのは拒絶反応を示した。

→藤本さん
予定されているところに作品が入ること、よりも
予定されないことに置かれる驚き、が新たな展示空間を生むと考える。



・西沢さん→藤本さん
メゾンエルメスのダイレクションをもう少し詳しく聞かせてください。

ほかでやれない展示企画を行うということは意識している。
非常に不自由な空間が故に発想を自由にしてもらいたい。
その意味で前もって作家があまりビジョンを持たないことをむしろ歓迎している。
ギャラリーは展示する場所というより、人と人が出会う場所なので、
作家を含めてどういう体験が出来るかが重要だと考えている。



・藤本さん→西沢さん
直島の美術館で見られたオーガニックな曲線は今後展開していくか?

→西沢さん回答
カーブがすごく好きで、
好きな建築家はみな魅力的なカーブを描く。
ゲーリー、ニーマイヤー、サーリネン、ライト…
しかし使いどころが肝心で、
カーブがきちんと魅力的に見える条件でカーブを用いたい。
与件のチャンス次第で、小住宅で用いるのは難しいかもしれない。




・西沢さん→藤本さん
世界中の美術館でどういう美術館がいいな、というのはどこか?
 
→藤本さん回答
バーゼルのバイヤラー美術館など。光線が良い。
その環境と切り離せないことが生き生きとした人中心の美術館を作る。
作品だけを見に行くのではなくて、
環境を体験しにいくという気持ちで美術館を訪れたい。
色んな行動が許容されているということは空間として豊かだということだと思う。


→西沢さん
展示されている部分が美術館で、その外が交流館、
と言う必要のない空間がつくりたい。
美術館という概念が自然と変わっていくということに興味がある。
本来幼稚園と言われたものと公民館と言われたものが合体したときに
みんながこれをなんて呼んだら良いのか、という領域のものを目指したい。
作家、建築家のみならず色んな人が美術館という概念に触れられる状況がつくりたい。
現代美術のは非常に重要な条件は、作家がまだ生きているということがある。
作家に提案が出来るということで、
より概念の変化にタッチしていける設計がしたい。


+++

■JPレビュー

5つのセッションを通して、
「アートと建築の関係」という根源的な問いが
だんだんと「美術館と作品の関係」という
具体的な問題になっていったが、
これまで経験的、慣習的に固定化されていったつくりや概念を解体して
流動的な状態をつくるというビジョンは共通していた。

作品自体も、美術館のプランも、
固定化されたものを思考停止状態で用いるのではなく、
もともと人間の触れている自然、都市、身体というものの持つ
動的な特性へ重ねていくことが両者で試みられていることがわかった。

そこへ方法論を持ち、社会へマニフェストしていくか、
もしくは自身が確実に感じ取れるリアリティだけを頼りに黙々と作品を作っていくか、、
それからのスタンスは多様なものが求められている。
今回多様な表現を目の当たりにして、
そのどちらも実現するものは物、人、社会、歴史への絶えない観察と実践である
ということが見て取れた。



大急ぎの乱暴なレビューでしたが、ご覧いただき本当にありがとうございました。



今後ともAARの活動をよろしくお願いいたします。
AARプロデューサーの今福さんと吉岡さんと編集チーム一同


+++
『AAR』&『G-tokyo 2010』共催トークセッション:
「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」実況レビューINDEX:

第1部:藤村龍至(建築家)× 中村竜治(建築家)× 長谷川豪(建築家)
第2部:金氏徹平(アーティスト)× 永山祐子(建築家)
第3部:名和晃平(アーティスト)× 石上純也(建築家)
第4部:杉本博司(アーティスト)× 青木淳(建築家)
第5部:藤本幸三(エルメスジャポン執行役員)× 西沢立衛(建築家)

「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」実況レビュー04

第4部のレポート&レビューです。

■青木淳さん



・全て部分化する
・表裏がわからない
・どこまで既存かわからない
・どこまで操作されたものなのか判然としない
という自然状態をどうつくるか。
意図の及ばないものを意図的に作る方法の模索を展開。



■杉本博司さん



何万年も変わらない海を古代人と変わらない目線で眺める。
人間がどのようにして意識を獲得したのか、
自分がいて自然に働きかけて文明をつくってきたのか
時間構造を操作するカメラによって、
人間の根源、意識の発生する起源、心の歴史をたどっていきたい。

古墳のあり方、日の出日の入りと禊の儀式といった、
自意識が発生したのちの「神の発生する時間と空間」を作り出したい。

本来それを担ってきたのが建築のはず。
そこを追っていくと必然的に建築家になってしまう。


+++

■杉本さんモデレート



・杉本さん→青木さん(アート→建築)
たとえば美術館という空間について。
どうして建築家はそんなに意固地につくるのか?
リベスキンドの美術館で経験した勝手の悪さ。
青木さんは美術館というものの作品性と
使い勝手の関係についてどう思われますか?

→青木さん回答
リベスキンドは作品が入ると「やだなっ」て思ってたんじゃないか。(会場笑)
建築家のタイプとして
作品として完成した建築をつくる人(より彫刻的なアプローチ)
作品として完結しないで、人や物が入る場を取り持つ人
の二種があり、自分は後者。杉本さん自身は、実は嫌ってる前者では?(笑)

→杉本さん回答
石切場や現場という人間と物が行き交う場所へ貼り付くことで
だんだん後者になりつつあります(笑)。
現場主義なので図面は描かない、つまり見積もりが取れないが
精度の高いコミュニケーションと作品が出来る。
アーティストは泥にまみれて出てくる形に恍惚とする人種だが、
建築家は図面を描くだけ描いて現場にスーツで現れる超越的な知識階層では?
現場に貼り付かない建築家は楽だな! (わざと挑発的な言葉に会場笑)

→青木さん回答
現場にずっと貼り付いて全部見切るのは本当に大変なことで恐縮です。
でも、建築家は図面を描くという行為によって作品を一度抽象化していること、
それを他人に委ねて自分で施工しない、
ということがある種の可能性を引き出している部分もあるのではないか?




・青木さん→杉本さん(建築→アート)
もし杉本さんが青森の美術館を設計するとしたら?

→杉本さん回答
やはりなるべくなら遺跡そのものの上に半端に屋根をかぶせてしまいたい
遺跡そのもの、トレンチのままにしたい。
場の持つ力をダイレクトに伝えたいが、法律が邪魔をしている。
法隆寺の五重塔は建築基準法違反であって
日本の一番良い建築は、建築基準法上つくることができない。
人工(にんく)が高すぎて縄文時代に人海戦術で出来たものが
現在はつくることが出来ない。
このジレンマと建築家はもっと戦ったほうが良いのではないか。


・杉本さん→青木さん(アート→建築)
自分は無垢志向で切った断面がその素材で全部詰まっているものを使いたい。
一方で青木さんは表面にただならぬ感覚を持っている。
ソリッド感、無垢というのが権力象徴として
青森美術館のレンガのトメの納め方等など表層的に見える操作を行い、
隙だらけで実は強いというスタイルを取っている
二重に裏切っているという意味で賢いけどズルい。

→青木さん回答
美術館という空間それ自体がペラペラなものをペラペラに見せない
というズルい側面を持っている。
水戸芸術館の担当時のエピソード:コーナーだけ無垢を使って
実際の厚みがばれないようにする指示などを交えて、
アーティストに空間を提供する立場において
改めてその考えに開き直って建物全体をつくると
どうなるかということの可能性も追っていった。


・杉本さん→青木さん(アート→建築)
ブレゲンツ美術館では、ズントーの自己美意識で作られた
トップライトのルーバーがあっという間に壊れて機能しなくなっていた。
建築家の自己神殿に対抗するには、美術館のなかに自分の空間をつくる
建築家にならざるを得ない。

→青木さん回答
それはだいぶ変わってきたのではないか。
建築家の空間に対する権威的な姿勢が解体されて、
金沢21世紀美術館や青森美術館では
その象徴としてあるエントランスロビーという空間がそもそもない。

・杉本さん→青木さん(アート→建築)
一方的な抵抗ではなく、建築家がアーティストと向かい合って
格闘出来る空間として美術館のあり方を考えていくべきだろう。





+++

■JPレビュー

建築家の作る美術館、もしくは空間に納得できない。
だから自分で作るしかない。
そうしたら自分の方が圧倒的精度を持って出来てしまうではないか、
と面白おかしくも非常に挑発的な問題提起を行う杉本さんに対して、
建築家であるからこそ知っている現場主義の限界を見据えている上での手法なのだ、、
という青木さんの返しは、穏やかなやり取りながらかなりスリリングだった。

問題へ真正面にぶつかるといつかは疲弊する。
だからかわすことで見えてくる地平を捉えて空間を作っていくという
青木さんのスタンスは圧倒的に知的かつ魅力的であるものの、
杉本さんの問いは建築に携わっている人間誰しもが持つ一番ラディカルな欲望であり、
否が応でも心を動かされる感動的な響きを持っていた。
精度を高めることで根源的な世界が初めて現れる、
つまり超精度を追求することはむしろ時間をさかのぼることだということを
ミニマルな表情ながら饒舌に語ってくるその作品から、
これまでのセッションと逆に、
建築がアートから慣習の強さを教えられた時間のように思えた。


第5部:藤本幸三(エルメスジャポン執行役員)× 西沢立衛(建築家)
へつづく。
次がラストセッションです。


+++
『AAR』&『G-tokyo 2010』共催トークセッション:
「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」実況レビューINDEX:

第1部:藤村龍至(建築家)× 中村竜治(建築家)× 長谷川豪(建築家)
第2部:金氏徹平(アーティスト)× 永山祐子(建築家)
第3部:名和晃平(アーティスト)× 石上純也(建築家)
第4部:杉本博司(アーティスト)× 青木淳(建築家)
第5部:藤本幸三(エルメスジャポン執行役員)× 西沢立衛(建築家)

「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」実況レビュー03

第三部です。満員御礼。




+++

■作品のプレゼンテーション

・名和晃平さん



インターネットで出会ったものをモチーフにすること、
ビーズ、起毛といったテクノロジーによって実現される作品、
現代でしか作り得ない手法によって、
経験的に知っているもともとの形態が消えていく境界が面白い。
別のものになる瞬間、ボリュームだけがあるという状態に
切り替わるときに、ものに対して自分が何を見ていたか、
ということの発見があり、次の作品へと続いていく。
今後は蓄積されているダウンロードデータを
組み合わせたり加工したりしてトランスコードしていきたい。


・石上純也さん



自分を取り巻く色んなものがひしめく大きな環境のなかで
新しいバランスを作り上げていくことで
一過性のものではない、世界の成り立ちのようなものを発見したい。

たとえば計画中の物件で
小さすぎて成立しない住宅と小さすぎて成立しない庭が補完し合って
新たな空間が生まれるものを考えている。
そこにおいてはインテリアとエクステリアの切り分けを失くさざるを得ない
そのなかでどちらつかずで成立している均衡状態をつくりたい。

部分と全体を同時に設計して、
ヒエラルキー、方向性を取り払っていきたい。
プランニングがかなり厳密にされてながら、その操作の痕跡を消したい。
結果としてそれは森のような空間になる。
森の木の配置を科学的に追及できるかもしれないが、
実際体験するときにシステムが見えてこないことが豊かな空間体験につながる。
膨大な環境要素のなかで突然成立する部分と全体のバランスを考えたい。

+++

■五十嵐さんモデレート



両者ともデジタルな身体感覚が見に付いた以降、
コンピュータライゼーションされた以降の感覚と技術がないと現れない作品。

両者のお互いの印象を語っていただく。

・名和さん→石上さん(アート→建築)
巨大なテーブルを見て、とにかく作り方に興味を持った。
素材の扱い方が建築家というより彫刻家の作品に見えた。
また、建築は単位を操る人だと思っていたが、
KAIT工房では単位すら解体して空間を作っている
ところについて詳しく聞きたい。

石上さん回答
→建築の設計とプロダクトの設計の違いは原寸で考えられないこと。
全体像を考えるときにスケールを伸縮させざるを得ないところが
建築の抽象性につながっている。
ダイレクトに具象へタッチできないところ、
スケールが混在しているということが可能性を獲得している。


・名和さん→石上さん(アート→建築)
慣習的な身体寸法をもとに設計する人と
ヴァーチャルな世界のみで設計する人がいるが、石上さんはどっち?

→石上さん回答
両方。自分の身体的な納得が得られるまで原寸も作ればアプリも作る。




・五十嵐さん→名和さん&石上さん

ビジョンが先?素材が先?

→名和さん回答
偶発的な素材との出会いや
特性、物性は常々調べておくことで、
新たにビジョンが拡張されていくことはある。
これまでの延々と人間の体を彫刻してきた歴史があるなかで
現代において何を彫刻するかを、素材をいじりながら抽象的なレベルで考えている。
たとえば水粘土を触りながら水分そのものを彫刻に出来ないか、など。

ピクセルではガラスの彫刻が作りたかったのではなく、
レンズで覆うことでものがそこにあるのに
映像的にしか捉えられないという現代的な状態が作りたかった。
素材そのもの美、と言うよりそこから抽出されるコンセプトまで到達したい。

「彫刻」という分野表現でどこまでのことが出来るかを考えたい。


→石上さん回答
ビジョンとマテリアルの関係を考えると言うより、
物質/非物質をなるべく等価に扱いたい。
スケールにおいてもヒエラルキーをなくしたまま設計したい。


+++

■藤村さんまとめ

コンピュータ的感覚と新たな物性ということはアートでも建築でもかつて散々語られたこと。
それを受けてどちらもよりナマな物質を扱うことに過剰に回帰していたが、
二人のお話を聞いて、ゼロ年代の終わりに生まれた色んなものを改めて
当時の文脈で読み直す必要があるのではないかと思う。


+++

■JPレビュー

名和さんのインターネットによるモチーフ画像検索という手法は、
制作という感覚というより、まるで生活のなかの家事的感覚に思える。
自分を取り巻く環境の要素を、生活していくくらいの素直なレベルで受け取りながら、
それらを再構成したり、石上さんのようにそこに隠れている要素同士の
新たなバランスを見つけていく目線が、新鮮な驚きを与えるとともに、
「ネタ」に陥らない、普遍的な感動と経験を生んでいくように思えた。


第4部:杉本博司(アーティスト)× 青木淳(建築家)
へつづく


+++
『AAR』&『G-tokyo 2010』共催トークセッション:
「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」実況レビューINDEX:

第1部:藤村龍至(建築家)× 中村竜治(建築家)× 長谷川豪(建築家)
第2部:金氏徹平(アーティスト)× 永山祐子(建築家)
第3部:名和晃平(アーティスト)× 石上純也(建築家)
第4部:杉本博司(アーティスト)× 青木淳(建築家)
第5部:藤本幸三(エルメスジャポン執行役員)× 西沢立衛(建築家)

「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」実況レビュー02

第二部のおさらい。


+++

■それぞれの作品プレゼンテーション。

・金氏徹平さん



既製品を組み合わせることで作品を作っている。
自分でやったことはなにもない。

興味のあることは、
形のない現象や、形を留めないもの(動的なもの)を作品にできないかということ。
たとえばコーヒーの染みから作られた立体作品では、
液体の跡を切り抜いて、染みという現象を
無理矢理形にしてしまったことに手ごたえがあった。
形を定着させるはずの彫刻が、形を留めないもので構成されているという状態を作りたい。


・永山祐子さん



ものの実体と、実際それを見た人の受ける印象の差に興味がある。
見ている人側に焦点を合わせることで、実体の方が変わってくることが面白い。
「実体としての身体」と「身体感覚」のギャップを追い続けることで
経験(個々人の慣習)からのゆるやかな脱却、つまり精神的自由へ到達できる。


+++

■五十嵐さんからの両者への質問とその回答



・五十嵐さん→金氏さん

何でもつなげていくことで、流動的なものをつなげていくことで
生命体に近しいものを作り上げている。
金氏さんの作品は「おいしそう」。
それこそが「具象的かつ抽象的」という矛盾した生命体状態そのものと言える。
「思ったより小さい/大きい」といった
スケール感覚の違いに驚かれることについてはどう考えているか。

・金氏さん→五十嵐さん
スケール感をずらすことへの興味とは、すなわち動きに興味がある。
意味が動くこと
次元が動くこと
スケールが動くこと
に興味があり、流動的なものを流動的なままに組み上げたい。

・五十嵐さん→永山さん
永山さんの作品とオプアートの関係について

・永山さん→五十嵐さん
オプアートの表現、パターンそのものの効果とは違ったものを求めている。
パターンそれ自体の意味というより、
パターンが起こす現象を通して自分が今ここにいてどうあるか、
という跳ね返ってくることに興味がある。
つまり「実体と感じてさせている」経験的感覚とはなんだろうか。


+++

■アートと建築の関係



・金氏さん→永山さん(アート→建築)
建築家のプレゼンテーション能力の高さに驚く。
「立体を四つの正面で捉える」というような
平面的な現象がつなぎ合わさって出来ている立体空間に共感する。
見えても行けない場所、という「無駄な空間を作る」ことに驚きと共感を得た。
建築は機能だけで出来上がっているというイメージがあった。
日常を、色んな現象が起き続けているように見る、
つまり映像に期待している感覚を日常へ持ち込むという点が興味深い。

・永山さん→金氏さん(建築→アート)
アートは抽象的過ぎるもので抽象をつくるというイメージがあった。
具象の組み合わせで抽象をつくるという金氏さんの作品の面白さは、
誰にとっても具体的なものがある人にとっては抽象だったり、
という都市の持つカオチックな側面が凝縮されている点。
建築は時間的空間的制約を受けるが
アートの自由なプロセスを知りたい。
制約からの自由さに憧れと不安を持っている。


+++

■藤村さんからの両者への質問とその回答

・藤村さん→金氏さん
スーパーフラット運動等の過去にあったコンセプチュアルの際立った
アート界の運動についてはどういうスタンスでいたか。

・金氏さん→藤村さん
遠くで行われていること、当時は捏造された感覚でリアリティが無かったが、
語られていた平面性は今共感することとして際立ってきた
日常のなかで落とし込むことで初めて体感できた。

・藤村さん→金氏さん
コンセプトというのは半ば強引に作るものだが
それがゼロ年代を通して日常化されてきたのではないか。


+++

■アートと建築の関係について

五十嵐さんの建築の定義=感性とロジックの融合体。

・永山祐子さん
実現させたい表現領域は近しいが、プロセスが決定的に違っている。
条件、制約があることで日常のシーンを捕まえて拡大する手の掛かりがあるが、
それがないアートは一体どういうプロセスを経るのか不思議。

・金氏徹平さん
アートも本当の自由なんてない。
そこを崩していく方法として、自分でルールを作る、
ということを実践している。
建築と美術の一番大きな違いは、都市の一部になりえるかどうかではないか。
美術は都市の一部になりえない、無駄であり続けることが存在意義。
接点は、建築側が「無駄である」ことへ関心が出てきたからではないか。
逆に言えば無駄であることが都市の一部になり得る時代。
空間として、物体としての興味はすごくある。


+++

JPレビュー

両者は物理的に、経験的に固まったものの動性を取り戻す
という意味で共通した作業をしている。

金氏さんの流動的なコラージュは、五十嵐さんが指摘したように
池上高志さんの呈する生命体の定義に近いが、
流動を流動のままに表現することは都市体であるとも言える。
どの立体作品も「都市のリコラージュ」というべき
一瞬では捉えがたい不思議な存在感を持っている。

永山さんの追求する「身体と身体感覚のギャップ」は
空間体験として何をもたらすかと言うと、
設計者が設計しているなかで常々夢想しているメタ空間体験へ、
誰もがあっという間に到達できることなのではないか。

日常のなかで当たり前のようにありながら
経験的にズレたことが起こっていることで、
否が応でも、自分の身体と自分のいる場所に対して俯瞰的な視点へジャンプしてしまう。

設計者が設計という行為にて特権的に味わっている
固定化した経験、慣習のトレースと解体を、
建築を訪れた全ての人に提供している。

両者の作品は誰もが都市、身体、時間を眺める視点を解体できるようになる、
というところまで射程を延ばしている。
その点においては、アートと建築は同じ照準を見据えているのではないか。

つづく


+++

おまけ



動画配信頑張る藤井と、レビュー頑張る松島。


第3部:名和晃平(アーティスト)× 石上純也(建築家)
へつづく


+++
『AAR』&『G-tokyo 2010』共催トークセッション:
「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」実況レビューINDEX:

第1部:藤村龍至(建築家)× 中村竜治(建築家)× 長谷川豪(建築家)
第2部:金氏徹平(アーティスト)× 永山祐子(建築家)
第3部:名和晃平(アーティスト)× 石上純也(建築家)
第4部:杉本博司(アーティスト)× 青木淳(建築家)
第5部:藤本幸三(エルメスジャポン執行役員)× 西沢立衛(建築家)

「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」実況レビュー01

おはようございます。
本日わたくし松島JPは、六本木ヒルズ森タワー49階 アカデミーヒルズで開催されている
『AAR』&『G-tokyo 2010』共催:トークセッション
「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」の
公式実況レビューの任務を授かりました。

まずは
第一部:藤村龍至(建築家)× 中村竜治(建築家)× 長谷川豪(建築家)
について。



各々のプレゼン内容をおさらいします。

■中村竜治さん



「形とそれが生み出す効果」について。
形を「目に見えるもの」として捉える。
目に映らないものは見ない、表層を徹底して眺めることで現れてくる世界を追求する。

■長谷川豪さん



「都市と建築の関係」について。
建築が都市にもたらす形(対外)と、生活のなかの形(対内)の関係を豊かにしていきたい。
都市のなかに現れる距離と、生活の距離が近づく建築を目指している。

■藤村龍至さん



「建築家の研究-どう人間は社会の中で意思決定していくのか」について。
都市の読み込みと、それに対する「方法論」を持っていないと
都市のなかに建築が回帰出来なくなる。


乱暴にまとめてしまえば、…懐かしいボキャブラリーを用いるが…
実は三者とも形態の持つ何かしらの「愛と力」を信じていないと言えない言葉である。

形態と概念を扱うという意味では共通する「アート」と「建築」の関係について、
藤村さん司会によりそれぞれの意見を求める。

■中村竜治さん
建築は大きい。単体では存在し得ない「ものの集まり」
床・壁・天井という特異な概念が付いて回る。=慣習がある。
慣習を使うことは、設計体験的にとても刺激的。

■長谷川豪さん
建築は社会的、かつ身体的な存在である。
建築家である以上、物と物の距離感、スケール、プロポーションといった
建築のオーセンティックな部分を常々意識して形態を作っている。

■藤村龍至さん
アートと建築両方がゼロ年代において表層的になった。
建築において議論されているプロセス、テクノロジーの関係が
アートにとって今どう捉えられているのかをAARで展開していきたい。



三者の討論では、建築家としてアートを語る場に置かれると、
より建築特有の慣習的な要素と、建築特有の議論内容である方法論についての
興味と魅力がそれぞれの中で際立ってくる感覚が語られていた。

それが「建築って素晴らしい」で終わることなく、
建築、そして設計で感じている魅力的なポイントを
純粋にアートの読み込みに当て嵌めるとどうなるのかとにかく知りたい、
という根本的な興味が登壇者にも観客にも共通して現れた感覚だったように思う。

アートと建築の関係を考えるしょっぱな第一部にふさわしいプロローグ。
第二部以降へつなぐ議論の種として、その点が意識的に展開されていくと面白い。

つづく


おまけ
動画配信頑張る藤井



急いで書いてるんで文法おかしいところがいくつかあるかもしれませんがご容赦を。
次も頑張ります。


第2部:金氏徹平(アーティスト)× 永山祐子(建築家)
へつづく


+++
『AAR』&『G-tokyo 2010』共催トークセッション:
「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」実況レビューINDEX:

第1部:藤村龍至(建築家)× 中村竜治(建築家)× 長谷川豪(建築家)
第2部:金氏徹平(アーティスト)× 永山祐子(建築家)
第3部:名和晃平(アーティスト)× 石上純也(建築家)
第4部:杉本博司(アーティスト)× 青木淳(建築家)
第5部:藤本幸三(エルメスジャポン執行役員)× 西沢立衛(建築家)

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