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- 02月 08日 07:10 / FDmountwill_millsの日記
- [社会] #LRAJ2010 Ust配信 PCの前でぶっ続けで見た
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表示いたします。
ノスタルジー・リセッティング
節目としては中途半端な、今から6年前。
僕は怒涛の大学院1年目を終え、ヨーロッパにいた。
イバノと3週間の旅行に出たのだった。
ヨーロッパ各地に点在する留学先の友人たちを訪ねながら、
古典はもちろん、
ストックホルムのアスプルンド、
ベルリンのシンケル、ミース、シャロウン、
プラハのプレチニック…
建築史に不動の楔を打つ建築家たちの作品を目の当たりにして、
かつてない興奮を得るとともに、名作を食べ過ぎていささか胸焼けしたかのように、
心身疲れながら旅を続けていた。
そして佳境の残り3日。
辿り着いたのはオランダ。
それまで一緒に旅をしていたイバノとクラバヤシさんと別れて、オランダ建築は1人で廻った。
クラバヤシさんは当時ロッテルダムに住んでたし、イバノは既に一度見て廻ったことがあったので。
アムステルダムの駅前のレンタサイクルで自転車を借りた。
目指すは自転車で一時間ほど掛かる、MVRDV設計の『WOZOCO』。
通称『100戸の老人用集合住宅』(1997)である。
+++
世界最高の平均身長を誇るオランダでは、サドルを一番低くしても足は届かない。
金玉にいささかの不安を覚えながら、慣れなくも快適に車道と歩道の間にある自転車専用路を進んでいく。
するとおばちゃんの乗る自転車が信じられないスピードで僕を抜いていく。
曲がりなりにもママチャリで東京中を走破していた僕なのに。
妖怪じみたスピードのおばちゃんたちにナメられながら中心街を抜けて進んでいくと、
整然と計画された住宅街へ入っていく。
広い道、運河、並木。
美しくて、びっくりするほど静かな街並だ。

時折道を尋ねるのだが、郊外へ向かうほどに
だんだんと爺さん婆さんの割合が増えて、英語が通じなくなってくる。
仕方ないので雑誌を取り出して、写真を見せて「これに見覚えない?」とジェスチャーしようとすると…
写真を見るなり、そのリアクションたるや!
さっきまで半分寝ていた爺さんが、「アー!」と大声をあげて、
大ぶりなジェスチャーであちらに指をさすのだ。
なんだ。なんだこれは。
『wozoco』へ近づくにつれ、英語の通じなさと反比例するかのように
そのリアクションのテンションが上がっていく。
まるで自慢の息子でも見せるように、
「おい東洋人、お前わざわざ来た価値あるぜ」、てなノリで、
庭先の柵から出てきて行き方を身振り手振りで教えてくれるのだ。
これには心底やられた。
この反応を見れば推して知るべし、もはやたとえ到着してなくても満足だった。

そしてついに現れたその異形。
不安な異国において1人で自転車に乗って辿り着いたという
開放感と達成感が何割増しかにしていたことは間違いないものの、
とにかくシークエンスの時点で身も心も奪われた僕は、
どんな古典にも負けない強度を持った、とてつもない現代建築の存在感をここに見たのである。
+++
僕は正直、MVRDVの徹底した直裁的デザインに頭では感動していたものの、
そのエクストリーム・デザインっぷりに対して、果たして身体的感動を呼ぶものかどうか懐疑的だった。
ダイアグラムをあまりにラディカルにフォルムへ転換してしまう彼らの手法を楽しむには、
かなり高度なデザイン・リテラシが必要だと思っていた。
屈折したデザイン魂が屈折をポキポキ繰り返してようやく一周してきた突端にあるような、
複雑で単純で、幼稚で知的なデザインなのである。

どんなにシークエンスに酔わされようが、明らかにこの建築は周囲環境から浮いていた。
派手なバルコニーの色の選択にも、あまりセンシティヴな絵心を感じない。
通常の感覚から言えば、いわゆる困ったちゃんな建築である。
そもそも計画された新しい住宅街だからあまりコンテクストは育っていないものの、
町並みに溶け込ませたい、という意志はどこにもありゃしません。
つまり、極めて、サイトに対するノスタルジーが排されて出来上がっている。
いやしかし、あの異常なテンションで行き方をなんとか教えてくれようとする周囲の爺さん婆さんは、
明らかに、この建築を軸にした新たなノスタルジーを感じ始めている。
単なる街のアイコンとは毛色の違うこの存在感は、一体なんなのだろうか。
「凍れる音楽」こと建築は、その知性がゆえに
放っておくと勝手にシリアスな表情になってしまいがちだが、
同じ知性を使って作られる、誰もが「笑ってしまう」ほどの直截的なアイデアと実現力には
出オチなんぞでは収まり切らない、長期的に「愛してしまう」強さがあった。
つまり彼らの建築を実際に体験することにおいて、
デザイン・リテラシなど一切必要がなかったのだった。
帰りたくない思いから、1時間ほどその周りをぶらぶらしていた。
突き出た住戸の下で、軒天と地面にボールをバウンドさせて遊ぶ子供を眺めながら、
それまで建築のモラリティ上、当然と思っていた
ナイーヴでウェットなコンテクストを謳うことによるサイト・スペシフィック建築よりも、
はるかに健康的で強くて、爽やかでしなやかな感動があることを知った。
そしてこの僕にも、人生で何度訪れるかわからない
遠く離れたこのアムステルダム郊外の住宅地に対して、
強大なノスタルジーが萌芽したのである。
行けるなら、すぐにでも飛んで行きたい。
+++
この『WOZOCO』で感じた存在感に似たものは、実はそれ以前に日本で感じたことがある。
ちょっと自分でも意外な参照例だが…、
原広司先生の『ヤマトインターナショナル本社ビル』(1988)である。

自転車で平和島公園をぶった切る環七の陸橋を上っていくと、
なんだか平べったくてデカい建物がじわじわと見えてくる。
ただ気ままに自転車を走らせていた大学2年の僕は、
予想だにせず現れた、明らかに原先生設計と見受けられるこの建物に
思わず「なんだそりゃ!」と声を上げた。
と同時に、異形ながらノスタルジーレスに建つからこその「凛々しさ」のようなものを感じて、
以来湾岸方面に行く途中に必ず通りかかるポイントに設定した。
そして僕なりの、東京湾岸に対する強くて大きなノスタルジーがまたここに生まれたのである。
この2つの建築を通して思うことは、
周辺環境と切っても切れない関係にある建築は、
環境に馴染ませ、溶け込ませたものだけではないということ。
異物感と際どい線上にある、ノスタルジーレスで背筋の伸びた建ち方もあるのだ。
それがキッチュに陥らないためには、記号や図式によるディフォルマライズに執着しない、
いささか慎重なスタディが必要だと思っているが…
エッフェル塔の現在の愛され方の経緯は、まさしくこの構図なのだろう。
そして隈事務所が得意とする地域の素材をテーマにした
「自然な建築」の成功したポイントは、まさにそこにある。
+++
隈自身は環境に「負ける建築」として、コンテクストに対してとことんウェットな設計の説明をしている。
しかし現在担当している、高知県梼原町で建設中の
『雲の上のギャラリー』でその設計をする身になってみると、
隈建築の建ち姿は決して周辺環境やコンテクストに溶け込むような類のものではなく、
どこまでもその地域や場所性をドライに引いて眺めた視点でしか
建ち得ないものであることを思い知らされる。
たとえば村井正誠記念美術館の木板、ちょっ蔵広場の大谷石で見られる
屍体標本のような「モノの晒され方」は、
ノスタルジーをむしろ破壊する程に極めて不気味なものに見える。
しかし、かつてのノスタルジーがリセットされるような「見慣れたモノ」の「見慣れない集合の仕方」は
不思議と凛とした建ち姿となり、その誇りの表情は眺める側へと伝播する。
そして萌芽した誇りはやがて新たなノスタルジーへと変質して、愛が場に蓄積されていく。
つまり単なる伝統回帰や、日本的な幽玄の美というレベルへ留まらないための
隈事務所におけるモノやコンテクストへの対峙方法は、
むしろ「徹底してノスタルジーを排除すること」にある。

『雲の上のギャラリー』 今夏竣工予定
梼原町は豊富な杉の産地であるが、ファブリケーション能力の限界のため
小断面の集成材を集積させるデザインが求められた。
そこで180x300の刎木を何本も重ねながら徐々に持ち出していくことを執拗に繰り返して、
橋桁全体を作っていくようなものを考えた。
すると、集成材という「木の組積物」とも言うべき単位の構図が
そのまま構成までディメンジョン・アップしても延長するような、
「木の組積造」とも言うべき建築が出来上がる。
それは、隈が『マテリアル・ストラクチャーのディティール』の冒頭で述べた
「支える、支えられるという建材同士の関係のヒエラルキーを取り去る」という理想を実現する、
スキン+ストラクチャーのレイヤー重層が統合されたノン・ヒエラルキー建築となる。
また、刎木を持ち出す「トキョウ」と呼ばれる伝統的な建築表現を過剰にオーバードライヴすることで、
和様の文脈が持つノスタルジーを解体し、フラットな建築表現へと還している。
つまりこの物件は、次なるステージに向かい始めている隈事務所において、
これまでの地域素材をテーマとした「批判的地域主義」作品群の
最終完成形として位置付けられることを目指している。
「どれだけノスタルジーを排して設計できるか、
そしてそこからどれだけ大きなノスタルジーを発生させられるか」
隈建築に限らず、古典建築に匹敵できる強靭な現代のサイト・スペシフィック性は
この命題に挑むことで初めて達成される。
ノスタルジーをリセットすることこそが、
古典建築というあまりに巨大で美しい存在に対抗することのできる、
現代建築にしか為しえない強力な一手なのだ。
*オランダに入った時点で僕はデジカメを盗まれていたために、僕は『wozoco』の写真を撮れませんでした。
アムステルダム郊外と『wozoco』の写真は、旅上手の富永大毅先輩よりいただきました。
僕は怒涛の大学院1年目を終え、ヨーロッパにいた。
イバノと3週間の旅行に出たのだった。
ヨーロッパ各地に点在する留学先の友人たちを訪ねながら、
古典はもちろん、
ストックホルムのアスプルンド、
ベルリンのシンケル、ミース、シャロウン、
プラハのプレチニック…
建築史に不動の楔を打つ建築家たちの作品を目の当たりにして、
かつてない興奮を得るとともに、名作を食べ過ぎていささか胸焼けしたかのように、
心身疲れながら旅を続けていた。
そして佳境の残り3日。
辿り着いたのはオランダ。
それまで一緒に旅をしていたイバノとクラバヤシさんと別れて、オランダ建築は1人で廻った。
クラバヤシさんは当時ロッテルダムに住んでたし、イバノは既に一度見て廻ったことがあったので。
アムステルダムの駅前のレンタサイクルで自転車を借りた。
目指すは自転車で一時間ほど掛かる、MVRDV設計の『WOZOCO』。
通称『100戸の老人用集合住宅』(1997)である。
+++
世界最高の平均身長を誇るオランダでは、サドルを一番低くしても足は届かない。
金玉にいささかの不安を覚えながら、慣れなくも快適に車道と歩道の間にある自転車専用路を進んでいく。
するとおばちゃんの乗る自転車が信じられないスピードで僕を抜いていく。
曲がりなりにもママチャリで東京中を走破していた僕なのに。
妖怪じみたスピードのおばちゃんたちにナメられながら中心街を抜けて進んでいくと、
整然と計画された住宅街へ入っていく。
広い道、運河、並木。
美しくて、びっくりするほど静かな街並だ。

時折道を尋ねるのだが、郊外へ向かうほどに
だんだんと爺さん婆さんの割合が増えて、英語が通じなくなってくる。
仕方ないので雑誌を取り出して、写真を見せて「これに見覚えない?」とジェスチャーしようとすると…
写真を見るなり、そのリアクションたるや!
さっきまで半分寝ていた爺さんが、「アー!」と大声をあげて、
大ぶりなジェスチャーであちらに指をさすのだ。
なんだ。なんだこれは。
『wozoco』へ近づくにつれ、英語の通じなさと反比例するかのように
そのリアクションのテンションが上がっていく。
まるで自慢の息子でも見せるように、
「おい東洋人、お前わざわざ来た価値あるぜ」、てなノリで、
庭先の柵から出てきて行き方を身振り手振りで教えてくれるのだ。
これには心底やられた。
この反応を見れば推して知るべし、もはやたとえ到着してなくても満足だった。

そしてついに現れたその異形。
不安な異国において1人で自転車に乗って辿り着いたという
開放感と達成感が何割増しかにしていたことは間違いないものの、
とにかくシークエンスの時点で身も心も奪われた僕は、
どんな古典にも負けない強度を持った、とてつもない現代建築の存在感をここに見たのである。
+++
僕は正直、MVRDVの徹底した直裁的デザインに頭では感動していたものの、
そのエクストリーム・デザインっぷりに対して、果たして身体的感動を呼ぶものかどうか懐疑的だった。
ダイアグラムをあまりにラディカルにフォルムへ転換してしまう彼らの手法を楽しむには、
かなり高度なデザイン・リテラシが必要だと思っていた。
屈折したデザイン魂が屈折をポキポキ繰り返してようやく一周してきた突端にあるような、
複雑で単純で、幼稚で知的なデザインなのである。

どんなにシークエンスに酔わされようが、明らかにこの建築は周囲環境から浮いていた。
派手なバルコニーの色の選択にも、あまりセンシティヴな絵心を感じない。
通常の感覚から言えば、いわゆる困ったちゃんな建築である。
そもそも計画された新しい住宅街だからあまりコンテクストは育っていないものの、
町並みに溶け込ませたい、という意志はどこにもありゃしません。
つまり、極めて、サイトに対するノスタルジーが排されて出来上がっている。
いやしかし、あの異常なテンションで行き方をなんとか教えてくれようとする周囲の爺さん婆さんは、
明らかに、この建築を軸にした新たなノスタルジーを感じ始めている。
単なる街のアイコンとは毛色の違うこの存在感は、一体なんなのだろうか。
「凍れる音楽」こと建築は、その知性がゆえに
放っておくと勝手にシリアスな表情になってしまいがちだが、
同じ知性を使って作られる、誰もが「笑ってしまう」ほどの直截的なアイデアと実現力には
出オチなんぞでは収まり切らない、長期的に「愛してしまう」強さがあった。
つまり彼らの建築を実際に体験することにおいて、
デザイン・リテラシなど一切必要がなかったのだった。
帰りたくない思いから、1時間ほどその周りをぶらぶらしていた。
突き出た住戸の下で、軒天と地面にボールをバウンドさせて遊ぶ子供を眺めながら、
それまで建築のモラリティ上、当然と思っていた
ナイーヴでウェットなコンテクストを謳うことによるサイト・スペシフィック建築よりも、
はるかに健康的で強くて、爽やかでしなやかな感動があることを知った。
そしてこの僕にも、人生で何度訪れるかわからない
遠く離れたこのアムステルダム郊外の住宅地に対して、
強大なノスタルジーが萌芽したのである。
行けるなら、すぐにでも飛んで行きたい。
+++
この『WOZOCO』で感じた存在感に似たものは、実はそれ以前に日本で感じたことがある。
ちょっと自分でも意外な参照例だが…、
原広司先生の『ヤマトインターナショナル本社ビル』(1988)である。

自転車で平和島公園をぶった切る環七の陸橋を上っていくと、
なんだか平べったくてデカい建物がじわじわと見えてくる。
ただ気ままに自転車を走らせていた大学2年の僕は、
予想だにせず現れた、明らかに原先生設計と見受けられるこの建物に
思わず「なんだそりゃ!」と声を上げた。
と同時に、異形ながらノスタルジーレスに建つからこその「凛々しさ」のようなものを感じて、
以来湾岸方面に行く途中に必ず通りかかるポイントに設定した。
そして僕なりの、東京湾岸に対する強くて大きなノスタルジーがまたここに生まれたのである。
この2つの建築を通して思うことは、
周辺環境と切っても切れない関係にある建築は、
環境に馴染ませ、溶け込ませたものだけではないということ。
異物感と際どい線上にある、ノスタルジーレスで背筋の伸びた建ち方もあるのだ。
それがキッチュに陥らないためには、記号や図式によるディフォルマライズに執着しない、
いささか慎重なスタディが必要だと思っているが…
エッフェル塔の現在の愛され方の経緯は、まさしくこの構図なのだろう。
そして隈事務所が得意とする地域の素材をテーマにした
「自然な建築」の成功したポイントは、まさにそこにある。
+++
隈自身は環境に「負ける建築」として、コンテクストに対してとことんウェットな設計の説明をしている。
しかし現在担当している、高知県梼原町で建設中の
『雲の上のギャラリー』でその設計をする身になってみると、
隈建築の建ち姿は決して周辺環境やコンテクストに溶け込むような類のものではなく、
どこまでもその地域や場所性をドライに引いて眺めた視点でしか
建ち得ないものであることを思い知らされる。
たとえば村井正誠記念美術館の木板、ちょっ蔵広場の大谷石で見られる
屍体標本のような「モノの晒され方」は、
ノスタルジーをむしろ破壊する程に極めて不気味なものに見える。
しかし、かつてのノスタルジーがリセットされるような「見慣れたモノ」の「見慣れない集合の仕方」は
不思議と凛とした建ち姿となり、その誇りの表情は眺める側へと伝播する。
そして萌芽した誇りはやがて新たなノスタルジーへと変質して、愛が場に蓄積されていく。
つまり単なる伝統回帰や、日本的な幽玄の美というレベルへ留まらないための
隈事務所におけるモノやコンテクストへの対峙方法は、
むしろ「徹底してノスタルジーを排除すること」にある。

『雲の上のギャラリー』 今夏竣工予定
梼原町は豊富な杉の産地であるが、ファブリケーション能力の限界のため
小断面の集成材を集積させるデザインが求められた。
そこで180x300の刎木を何本も重ねながら徐々に持ち出していくことを執拗に繰り返して、
橋桁全体を作っていくようなものを考えた。
すると、集成材という「木の組積物」とも言うべき単位の構図が
そのまま構成までディメンジョン・アップしても延長するような、
「木の組積造」とも言うべき建築が出来上がる。
それは、隈が『マテリアル・ストラクチャーのディティール』の冒頭で述べた
「支える、支えられるという建材同士の関係のヒエラルキーを取り去る」という理想を実現する、
スキン+ストラクチャーのレイヤー重層が統合されたノン・ヒエラルキー建築となる。
また、刎木を持ち出す「トキョウ」と呼ばれる伝統的な建築表現を過剰にオーバードライヴすることで、
和様の文脈が持つノスタルジーを解体し、フラットな建築表現へと還している。
つまりこの物件は、次なるステージに向かい始めている隈事務所において、
これまでの地域素材をテーマとした「批判的地域主義」作品群の
最終完成形として位置付けられることを目指している。
「どれだけノスタルジーを排して設計できるか、
そしてそこからどれだけ大きなノスタルジーを発生させられるか」
隈建築に限らず、古典建築に匹敵できる強靭な現代のサイト・スペシフィック性は
この命題に挑むことで初めて達成される。
ノスタルジーをリセットすることこそが、
古典建築というあまりに巨大で美しい存在に対抗することのできる、
現代建築にしか為しえない強力な一手なのだ。
*オランダに入った時点で僕はデジカメを盗まれていたために、僕は『wozoco』の写真を撮れませんでした。
アムステルダム郊外と『wozoco』の写真は、旅上手の富永大毅先輩よりいただきました。
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