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02月 08日 07:10   /  FDmountwill_millsの日記
[社会] #LRAJ2010 Ust配信 PCの前でぶっ続けで見た

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ドリフターズ・サマースクール2011公演 試演会レポート

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9月4日、ドリフターズ・サマースクール2011公演の試演会にお誘いいただき、観に行ってきました。
ドリフターズ・サマースクールの概要についてはこちらをご確認ください。






昨年の本番公演も拝見しましたが、前回は「人間と天気の関係」をテーマに
ダンス・ファッション・空間美術を融合したパフォーマンスが展開されていました。

その際配布された概要を読むと、森田正光氏によるワークショップのキックオフ・レクチャーでは
「人間の体は天気によって形作られている」という、人間存在をどこまでもパッシヴなもの
と捉えるシニカルなヒントが与えられたとのことでしたが、そのパフォーマンスは
どこまでもアクティヴに、ピュアに、存在を獲得していくような動性に溢れたものでした。

そのくらい参加者のリビドーが抑えられないプロセスだったのだな、と、
学生時代も今も相変わらず内向的な僕は、
ある種の羨望の眼差しで眺めていた記憶があります。






今回の試演会の会場にはラップのスクリーンが複数吊られており、
演者は見え隠れしながら気配は据え置かれます。
本来どのパフォーマンスでもそうなのですが、
自分の位置からは絶対に見えない演者の立ち位置がこう具体的に用意されていると、
何気なく自分の選んだ席が、世界でそこでしか観ることのできない特別な座標であることに
改めて気付かされます。

本番ではこの舞台空間にも色々と変化が加えられるのだと思います。






はじまって間もなく、僕は髪の毛がモジャモジャしているので
つい顔が痒くなり掻いていたらメガネがずり落ちてしまったのですが、
ふとその状態で目の前の風景を見てもあまり情報量が変わらないことに気づきました。
急いでメガネを直す必要がないように思い、しばらく裸眼で眺めることにしました。

極端に解像度が低くなった鈍い世界でも、
目の前で展開されるものたちの美しさと不気味さは充分わかりました。






途中一度だけセリフが挟まれるシーンが出てきたところで
低解像度に耐えられなくなりメガネを掛け直しました。
言葉が出てきたとたん、鈍い視界が急にしんどくなったのです。

そんな個人的な身体感覚をパフォーマンスにブレンドしながら、
情報の精度、解像度の高さは必要のない低解像度の世界とはなんだろうか、
ということを頭の中に宙吊りにしながら終始眺めていました。






アフタートークでは、様々なゲストの方々と一緒にコメントさせていただきました。
多かった意見は、まとまりすぎている、まとめる方向に意識が向いている、
ということへの危惧でした。

彼らがどのようなプロセスを踏んでこのパフォーマンスを作り上げているかについては
webサイトに掲載されている情報でしか知る由がありませんが、
モデレーションやマイクも関係なく意見や対話が飛び交う状況へとすぐに変わった様子を眺めて、
思惑のぶつかり合いや取っ組み合いは、きっと残りの日数で
簡単に取り戻せるのではないかと思いました。



しかし個々の話を聞いていると、どうしてそんな言葉を共有して
こんな内容が出来上がったのか、とびっくりしてしまうキーワードが
あれこれ飛び交っていました。
と同時に、観る者の立場として内容を咀嚼する方法のひとつでしかない
「パフォーマンスの発生言語に遡る」という思考展開へ
とにかく陥りやすいことにも気付かされました。
昨年の公演で、パッシヴ/アクティヴをやたら気にしていたのはそのためだったと思います。


思えば、彼らのパフォーマンスが発生するための言葉、つまりテーマやコンセプトを探り、
その筋が通っていればチケット代の対価を得た気になるのか、と問われると
確かに脳みそは一時的にすっきりはするけれども、
別に僕はある時間内に突然投げかけられるナゾナゾを解きに来たわけではありません。


だから彼らの動機となる言葉がパフォーマンスを経て、
また言葉に還元(=換言)されなくても公演は成立します。するはずです。

公演料の対価としてコンセプトに筋を通したパッケージング済みの作品を観る
という概念を超えて、「はじまりの情報」、もしくは「情報のはじまり」という
得体の知れないうねりしかない状態のものを観に行く、
あるいは、情報というインビジブルなものが、ビジブルな初期状態のままにあるものを観に行く、
という意識を以って臨むことがこの公演の楽しみ方である、と、
一年越しでようやく理解しました。

その意味において、ドリフターズ・サマースクール2011公演の持つ力は
なかなか凄まじいものがあります。
情報以前の、毒気に近いものに中(あ)てられ、
取り憑かれるような感覚を覚える人もいるかもしれません。


彼らがそこを自覚したならば、次は毎日自分たちに降りかかるあまりにも多い情報量に対して
自分の強靭なリビドーを、負けずに、ある種の冷静さを持って、
何度も何度も差し込んで重ねていくことが求められるような気がします。


そしてそれは多分
「近眼の僕が、裸眼で観たほうが情報量の多い」
そんなパフォーマンスの到達点になるかと思います。


本番まであと一週間、展開を期待しています。


+++

ドリフ・インターナショナル2011公演

KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ

2011/9/14 (Wed)①19:30 開演
2011/9/15 (Thu) ②19:30 開演
2011/9/16 (Fri) ③14:00 開演
※受付開始は開演1 時間前、開場は30 分

前売:1800円 当日:2000円

チケットフォームはこちら

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