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02月 08日 07:10   /  FDmountwill_millsの日記
[社会] #LRAJ2010 Ust配信 PCの前でぶっ続けで見た

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文字の羅列

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唐突だが、西夏文字は残っている。

チンギス・ハーンによる異常で執拗な抹消行為の隙間を縫い、
長らく「解読」は出来なくなったものの、「形状」は奇跡的に現代へ残った。
今日はこのことについて思うことを、ただ思うことを、
文字という至高の芸術に敬意を表して、ただ長々と書いてみたい。


出張中の飛行機のなかで、いつも楽しみにしているANAグループ機関誌:『翼の王国』を読んでいると、
「流砂に消えた王国」という西夏の遺跡を巡る旅行記事があった。
ちょうどビックコミックスピリッツに連載している伊藤悠:『シュトヘル』という
西夏文字をテーマにしたマンガの魅力にやられまくっていたため、
興奮して隅から隅まで読ませてもらった。




西夏文字と李元昊

西夏は1038年~1227年に中国西北部に存在した、タングート(チベット系民族)の国である。
李元昊(り・こうげん)という天才政治家によって建国され、強固な哲学を以って、
またイスラム、仏教、ヒンドゥー、チベットといった多様な宗教文化領域の狭間であることも手伝い、
独自の文化を形成した。

その文化の最たる結晶が、西夏文字である。
先の李元昊が建国とほぼ同時に創作を進め、約6000字に及ぶ民族文字を作り上げた。
漢字の構成を拝借しながら、西夏の古代語の要素と独自の工夫や発想を織り交ぜたため
象形要素が抜け落ちており、もともとの漢語の知識ではまったく読むことが出来ない。
長らく未解読の時代が続いたが、1960年代頃に大体の解読がなされた。


西夏文字で中国人を表す「漢人」は、「小偏に虫」と表記する。
つまり、そこには確固たる哲学がある。
文字は哲学によって生まれ、経験で育てられることで、
その社会を象徴しながら事象と記憶を留める。

李元昊は全てが消えていく大草原において、「留めること」を考えた。
反草原。
それは本当に、本当に革命的な行為だった。




モンゴル文字の国璽とチンギス・ハーン

一方、モンゴル帝国は文字を持たなかった。
(モンゴル文字は、西夏文字が生まれてから150年後、
 国璽(印鑑)の必要性を迫られて生まれたという極めてビジネスライクな起源を持つ。)


チンギス・ハーンは、何も留まらず、何も残らない「順草原」の哲学を持っていた。
そうでしか彼の異常な行為は説明できない。
彼はおそらく人類史上最大の殺人鬼である。
「歴史からなかったことにする」という行為を繰り返した恐ろしい人間だ。怪物の類である。
制圧した都市は人間のみならず、犬、猫、そこにいる「生物」全てを完全に殺し切ったという。
建造物、工作物、そして文字もまた、殺され、焼き尽くされた。
領土征服というよりも、人間の構築した都市をただひたすらに草原に還していった、
という表現の方がどう見ても正しい。
なぜか宗教には寛容だったというが、それは「何もない」草原において、
偶像があってもなくても同じ、という理由ではないだろうか。


復讐の相手には煮えたぎる金属を体中の穴に流し込むという想像を絶する拷問を行い、
死者数を数えながら周囲国家の戦意を殺ぐために淡々と男、女、子供別の生首のピラミッドを築き、
時には職人だけ生け捕りにして技術を奪い、
次の戦いが城攻めならば捕虜と敵国の武具を確保し、最前線に立てて容赦なく同士討ちをさせた。
降伏しようが和議しようが、用が済めば平然と約束を破り皆殺しにした。
全てが異常なまでにシステマティックに遂行され、黙々と都市を消した。


なぜそこまで「消した」のか、はわかっていない。
先にも書いたように、草原の哲学を貫いたとしか言えない。
ヨーロッパにおいて「タタールの軛(くびき)」のトラウマは今にも続く。
「消した」ことで、逆に世界中にトラウマを留めた男。
西夏も例に漏れず、あらゆるものが消された。

一説によると、西夏文字には何かチンギス・ハーン自身のトラウマが記されていたために
執拗に焼き尽くされたのではないか、というドラマティックな話もあるが、
恐らくチンギス・ハーンは「留める」という哲学そのものを焼き払いたかったのではないか。
自身の陰惨な生い立ちから築き上げた「全ては消える」という彼の哲学が、
消えたことで彼の精神をなんとか保っていたかつての家族と友人の怨念が、
西夏の「留める」という哲学を何としても否定しなければならなかったのではないか。

ヒンドゥーになぞらえれば、李元昊はヴィシュヌ(保持)、ハーンはシヴァ(破壊)。
西夏を巡る攻防は、草原を軸にした人間の最もラディカルな哲学のぶつかり合いだった。
(*両者は世代差があるので直接対峙はしていない)
結果西夏という国家は徹底的に滅ぼされたが、
西夏文字という文化の真髄は残ったことで、ある種の勝利を収めた。







この歴史をもとにした伊藤悠:『シュトヘル』の設定が抜群に切れている。
モンゴル帝国のなかで圧倒的武力を示して頭角を現すツォグ族の幼い皇子:ユルール。
チンギス・ハーンの落とし子でもあるユルールは
ツォグ族の存続を担う政治材料として丁重に生かされている。
そのことに負い目を感じて生きる虚弱な10歳の少年は、
自身の一族に消されていく人々の無念をも同時に背負い、
記憶を留めるために生まれた西夏文字に至高の美しさを感じている。

結果、純モンゴル人どころか、大ハーンの血を引く人間でありながら、
ユルールは西夏文字を永遠に残すために、
ただ持っているだけで万死に値する西夏文字の字典:「玉音同(ぎょくおんどう)」を抱え、
文字以外の一切を捨てて一族を裏切り、はるか遠くの宋国へと逃亡の旅に出る。
その途中、モンゴル族に故郷を壊滅させられ狂人と化した西夏人の女戦士:シュトヘルと出会う。


+++




『翼の王国』に掲載されていた、1. 居庸関(きょようかん)刻文の楷書の西夏文字
『シュトヘル』のなかの 2. 玉音同に刻まれた西夏文字 は本当に美しい。
美しいから残った、としか言いようがないほどに説得力のある美しさだ。

画像の下段に並べたのは、まだ解読されていない古代文字の羅列である。
(3.ロンゴロンゴ文字 / 4. 彝文字 / 5.インダス文字 / 6. ヴィンチャ文字 / 7. キュプロ・ミノア文字)



伝える内容とは別次元で、文字という形状そのものがここまで美しいのはなぜなのか。
意味を持つ単位の、整然とした羅列は、なぜこうまで悪魔的な魅力を持つのか。

建築においても、設計される建造物とは別次元で、図面、ドローイングの強さというものがある。
以前生で見たコープ・ヒンメルブラウの『ヴィラ・ローザ』、
ハンス・ホラインの『表現手段としてのコミュニケーション交流都市プロジェクト』、
ギュンター・ドメニヒの『フローラスキン』といったオーストリア勢のドローイングは
あまりにも緻密な線であまりにも大胆な構想を留めていて、凄まじい衝撃を覚えた。
あの感動は模型どころか、建築以上だった。
建築界の情動は実のところ建築が担わず、ドローイングによって牽引されている、とはよく言われることだが…




1. Coop Himmelb(l)au : 『Villa Rosa』(1968)
2. Hans Hollen : 『Project City-Communication Interchange as a Means of Expression』(1962)
3.4. Eilfried Huth & Gunther Domenig : 『FLORASKIN』(1971)




リアライズの手前にある、リアライズ以上の精度をもってイメージを留める行為自体の強さ、美しさを感じたい。
整然と並ぶ文字、図面に見るただならぬ魅力は、物事を留めて伝えるものでありながら、
時間と無関係に内容以上の想像力を誘爆する燃料のようなものを内包しているからだ。
それは西夏文字が、1000年を経た現代においてまでも
『シュトヘル』の想像力を生んだことを考えれば、確かなことだ。


隈研吾の論考:『ポスターからオトナリへ』(新建築2008年7月号)では、このスケールの時間を超えられない。
ポスターで宣伝し、グッズとしての建築を売ることから、
近接するお隣に声をかけるという部分ごとのコミュニケーションが
都市の全体をつくるリアリスティックな手段だと彼は謳う。
隈はマニフェストとしてのポスターをあえて商業的観点で説明することの新しさを見せたが、
それでもなお、ポスターの持つ圧倒的な想像力のポテンシャルは汚れない。
そんな隈事務所でもコンペティションにおいて提示するしかないポスターは、
勝ち負けに無関係で、今は当然、おそらく数十年という先の世界でも、価値が巡るものだ。
それは都市計画の実現性とはまた別次元の建築的価値であり、且つこれは誰もが体感的に知っている。


僕はポスターが描きたい。
磯崎新によってナンセンスにされようが、必ず回帰する建築界に課せられた仕事だ。
ポスターで都市を語ることがナンセンス、という逆説的な楔を打ったのもまた
磯崎の『ふたたび廃墟となった広島』(1968)というポスターであるが、
あれが建築だったらここまでの破壊力はなかった。
その意味で、精度を持ったポスターの強度は未だ揺らがない。
オトナリどころか、時空を超えて想像力をつなぐために、僕はポスターを描きたい。


そしてこのくそ長くてふらふらと胴体着陸する妙な日記が
たとえ現代日本語を解さない人たちにとってみても、
内容の緩急とリンクするこの文字羅列のリズムだけでも美しいと感じてもらいたい。
そのためだけですら、僕は言葉を綴りたい。



出展:
特記なき限り画像出典はwikipediaより。
居庸関刻文の画像は『翼の王国』No.487より。
マンガの画像は『シュトヘル』より抜粋。
建築のドローイングは『アーキラボ 建築・都市・アートの新たな実験』より抜粋。

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