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新しいタイプの蛍光ペン
最近では、大きな画像データを簡単にやり取りできるようになって、
CADデータより手書きのスケッチが多用されることも多いと思います。
そこで、唐突ですが、最近見つけた蛍光ペンについてご紹介したいと思います。
まずは、STAEDTLER Textsurfer gel です。

これは、クレヨンのような、スティックタイプの蛍光ペンです。
軽い書き味なので、大面積で使う時などに便利です。

このTextsurfer gel が、何より優れているのが、インクと違って全く裏移りしないことで、
法令集など、薄い紙のマーキングに大変適しています。

次に uni の PROPUS です。

こちらは、一般的な蛍光ペンに比べて優しい色味です。
よく図面などをチェックしていると、蛍光ペンでギラギラな図面が出来上がってしまうのですが、こちらの蛍光ペンだと、優しい色合いで見やすいチェック図面を作ることができます。
床仕上げの範囲など、強調したい訳ではないけどチェックだけしたいような時に適しています。
どちらの蛍光ペンも結構使ったので、既に2代目です。
ご存知だったかもしれませんが、とても便利です。
2社から何かもらっている訳ではありませんので、あしからず。
CADデータより手書きのスケッチが多用されることも多いと思います。
そこで、唐突ですが、最近見つけた蛍光ペンについてご紹介したいと思います。
まずは、STAEDTLER Textsurfer gel です。
これは、クレヨンのような、スティックタイプの蛍光ペンです。
軽い書き味なので、大面積で使う時などに便利です。
このTextsurfer gel が、何より優れているのが、インクと違って全く裏移りしないことで、
法令集など、薄い紙のマーキングに大変適しています。
次に uni の PROPUS です。
こちらは、一般的な蛍光ペンに比べて優しい色味です。
よく図面などをチェックしていると、蛍光ペンでギラギラな図面が出来上がってしまうのですが、こちらの蛍光ペンだと、優しい色合いで見やすいチェック図面を作ることができます。
床仕上げの範囲など、強調したい訳ではないけどチェックだけしたいような時に適しています。
どちらの蛍光ペンも結構使ったので、既に2代目です。
ご存知だったかもしれませんが、とても便利です。
2社から何かもらっている訳ではありませんので、あしからず。
Eureka 佐野哲史 houseT
Eureka 佐野哲史 が内装を設計したhouseTの竣工1周年パーティにお邪魔しました。

このページの写真は大倉英揮の撮影によるもの。
佐野さんは、学年的には私と同期ですが、隈事務所では先輩でした。先に独立されたので、独立キャリアも先輩です。houseTは鉄骨3階建ての大きなお宅の改装でしたが、佐野さんの老成したバランス感覚が遺憾なく発揮されています。

新設した外壁に窓と一体になった棚を設けています。
窓からの光が棚の裏側に回りこむように設計されています。

既存窓の脇に収納を付加して、ニッチのような場所を作っています。
施工がとても綺麗で安心感があります。
改装だと、前提として既存の躯体があるので、何の脈絡も無くそこにある躯体から、ストーリーを引き出して、「家」としてまとめて行く必要があります。ここでは、様々な「建具」の存在感を均一にしていくことで、躯体とインテリアとをすり合わせているように思います。
一言で「建具」といっても建築の中にはいろいろな建具(外部サッシ・ドア・家具の扉・点検口など)があり、素材もディティールも様々なので、それぞれの存在感も違ってきます。それらの建具の慣習的な存在感が我々の家の中での認識(内と外、部屋と家具の違いなど)に影響していたりします。
houseTでは、引き戸や開き戸やアルミサッシの、インテリアへの現れ方を極力統一することによって、内装と外装、既存と新設とをつなぎ、全体的に身体に近いインテリアとしてまとめられているような感じがあります。

お施主様は、ご夫婦共に技術的な専門職をされています。
物理など強い上にデザインに対する理解のある方々で、佐野さんはとても助けられたそうです。

ちなみに、1周年パーティは、こんな感じでした(すみません。こちらは竣工時の写真です。)大倉さんの竣工写真には、建物よりも人がメインで登場しますが、家の記録として、このような写真もあり得るのではないかと思いました。
このページの写真は大倉英揮の撮影によるもの。
佐野さんは、学年的には私と同期ですが、隈事務所では先輩でした。先に独立されたので、独立キャリアも先輩です。houseTは鉄骨3階建ての大きなお宅の改装でしたが、佐野さんの老成したバランス感覚が遺憾なく発揮されています。
新設した外壁に窓と一体になった棚を設けています。
窓からの光が棚の裏側に回りこむように設計されています。
既存窓の脇に収納を付加して、ニッチのような場所を作っています。
施工がとても綺麗で安心感があります。
改装だと、前提として既存の躯体があるので、何の脈絡も無くそこにある躯体から、ストーリーを引き出して、「家」としてまとめて行く必要があります。ここでは、様々な「建具」の存在感を均一にしていくことで、躯体とインテリアとをすり合わせているように思います。
一言で「建具」といっても建築の中にはいろいろな建具(外部サッシ・ドア・家具の扉・点検口など)があり、素材もディティールも様々なので、それぞれの存在感も違ってきます。それらの建具の慣習的な存在感が我々の家の中での認識(内と外、部屋と家具の違いなど)に影響していたりします。
houseTでは、引き戸や開き戸やアルミサッシの、インテリアへの現れ方を極力統一することによって、内装と外装、既存と新設とをつなぎ、全体的に身体に近いインテリアとしてまとめられているような感じがあります。
お施主様は、ご夫婦共に技術的な専門職をされています。
物理など強い上にデザインに対する理解のある方々で、佐野さんはとても助けられたそうです。
ちなみに、1周年パーティは、こんな感じでした(すみません。こちらは竣工時の写真です。)大倉さんの竣工写真には、建物よりも人がメインで登場しますが、家の記録として、このような写真もあり得るのではないかと思いました。
福島の佐藤敏宏さんの活動レポート
TEAM ROUNDABOUTで、福島の佐藤敏宏さんの活動を、新建築.netにてレポートしました。
http://www.shinkenchiku.net/sk/index.php?_w=tokushu&_x=earthquake2011_teamroundabout
http://www.shinkenchiku.net/sk/index.php?_w=tokushu&_x=earthquake2011_teamroundabout
石上純也展 -書き言葉のような展覧会-
【石上純也展 建築はどこまで小さく、あるいは、どこまで大きくひろがっていくのだろうか?】
銀座 資生堂ギャラリー
この展示の題名は問いかけ 「?」 である。
「問い」 が問いであるために、整備された空間。 というのが、この展覧会の印象だ。
個々の作品は「単語」単位にまとめられ、フォーマットに乗った説明が添えられる。
作品のローカルな情報は殆ど無く、「方言」の入る余地は無い。
大掛かりなインスタレーションのように、リアクションを求められることも無く、
観客は展示の端っこから、ただ受身でテキストを読むように、すーと流れていく。
数々の賞を受賞してもなお、丁寧に問いかけを始める作者の、謙虚さに畏怖を感じる展覧会である。
銀座 資生堂ギャラリー
この展示の題名は問いかけ 「?」 である。
「問い」 が問いであるために、整備された空間。 というのが、この展覧会の印象だ。
個々の作品は「単語」単位にまとめられ、フォーマットに乗った説明が添えられる。
作品のローカルな情報は殆ど無く、「方言」の入る余地は無い。
大掛かりなインスタレーションのように、リアクションを求められることも無く、
観客は展示の端っこから、ただ受身でテキストを読むように、すーと流れていく。
数々の賞を受賞してもなお、丁寧に問いかけを始める作者の、謙虚さに畏怖を感じる展覧会である。
象虫:マイクロプレゼンス
甥っ子へのプレゼントと言いつつ、実は自分が見たくて買いました。
「象虫:マイクロプレゼンス―小檜山賢二写真集」 出版芸術社
僅か数ミリのゾウムシの、表面のシワシワや産毛まで立体感を持って見ることができる。
何より驚きなのは、オトシブミを含めた形の多様さで、この世の生き物とは思えない。
マイクロと言っても、ゾウムシは肉眼でも見えるので、こんなに違う世界に住んでいるとは思っていなかった。
肉眼で見えているのは世界のほんの一部だけ、というのはよく言われる話だが、
顕微鏡まで行ってしまわない絶妙なスケール感が面白い。
ゾウムシの写真は「マイクロフォトコラージュ」という技法を使っている。
接写写真の焦点の部分だけをコラージュするそうだ。
遠近法がきいていない写真なので、スケール感が無く、ゾウムシが数メートルもの大きさにも見える。
都市や室内など、物の関係性のある写真を撮ったらどのようになるのだろうか。
ちなみに、ゾウムシの「鼻」は口で、長い口吻を使ってドングリなどに穴をあけ、産卵する。
口が抜けなくなり、そのまま死んでしまうものもいる。
それくらいしか覚えていないので、ファーブル昆虫記ではゾウムシは結構地味な話だったような気が。
ファーブル昆虫記の中で印象深いのは、やはりフンコロガシの話ではないでしょうか。
フンコロガシのフン玉の描写が本当に美味しそうなのと、
どこに卵を産むのか、を探る部分のドラマチックなくだり。
動物より虫の方がフィジカルな話が多くて面白い。動物って大体コミニケーションの話に収束してしまうし。
蛇足かつ暴論ですが。
「象虫:マイクロプレゼンス―小檜山賢二写真集」 出版芸術社
僅か数ミリのゾウムシの、表面のシワシワや産毛まで立体感を持って見ることができる。
何より驚きなのは、オトシブミを含めた形の多様さで、この世の生き物とは思えない。
マイクロと言っても、ゾウムシは肉眼でも見えるので、こんなに違う世界に住んでいるとは思っていなかった。
肉眼で見えているのは世界のほんの一部だけ、というのはよく言われる話だが、
顕微鏡まで行ってしまわない絶妙なスケール感が面白い。
ゾウムシの写真は「マイクロフォトコラージュ」という技法を使っている。
接写写真の焦点の部分だけをコラージュするそうだ。
遠近法がきいていない写真なので、スケール感が無く、ゾウムシが数メートルもの大きさにも見える。
都市や室内など、物の関係性のある写真を撮ったらどのようになるのだろうか。
ちなみに、ゾウムシの「鼻」は口で、長い口吻を使ってドングリなどに穴をあけ、産卵する。
口が抜けなくなり、そのまま死んでしまうものもいる。
それくらいしか覚えていないので、ファーブル昆虫記ではゾウムシは結構地味な話だったような気が。
ファーブル昆虫記の中で印象深いのは、やはりフンコロガシの話ではないでしょうか。
フンコロガシのフン玉の描写が本当に美味しそうなのと、
どこに卵を産むのか、を探る部分のドラマチックなくだり。
動物より虫の方がフィジカルな話が多くて面白い。動物って大体コミニケーションの話に収束してしまうし。
蛇足かつ暴論ですが。
横須賀美術館
少し前ですが、山本理研さん設計の横須賀美術館に行ってきました。

鉄とFRP、ガラスによる二重の外壁でできた美術館です。

外壁が二重なのは、潮風による塩害を防ぐためです。

二重の外壁の隙間から照明器具のメンテナンスができるので、
ダウンライトの室内側に内装ボードをかぶせています。
下から見上げると、お星様のようなシンプルさです。
二重壁部分を空調的に使えば、OMソーラ的な展開ができるのでは、とか、
いろいろな想像がふくらみます。

美術館のプランは元々グリッド型だったのですが、設計の進行にともない、
ロビーを囲むトレンチ型に変わっていったそうです。
トレンチ型の展示室は、設計をする側から見ると、真っ白で光がきれいな、ニュートラルな空間に見えますが、
展示をする側から見ると、ホワイトキューブよりはるかに特徴的な展示空間だそうです。
特徴の無い空間を作るというのは、本当に難しいことのようです。
ともあれ、建物は、展示品を潮風から守らなくてはいけません。
潮風から守る。というと閉鎖的なイメージですが、
外観はとても開放的な印象で、海辺の町のすてきなスポットとなっていました。
鉄とFRP、ガラスによる二重の外壁でできた美術館です。
外壁が二重なのは、潮風による塩害を防ぐためです。
二重の外壁の隙間から照明器具のメンテナンスができるので、
ダウンライトの室内側に内装ボードをかぶせています。
下から見上げると、お星様のようなシンプルさです。
二重壁部分を空調的に使えば、OMソーラ的な展開ができるのでは、とか、
いろいろな想像がふくらみます。
美術館のプランは元々グリッド型だったのですが、設計の進行にともない、
ロビーを囲むトレンチ型に変わっていったそうです。
トレンチ型の展示室は、設計をする側から見ると、真っ白で光がきれいな、ニュートラルな空間に見えますが、
展示をする側から見ると、ホワイトキューブよりはるかに特徴的な展示空間だそうです。
特徴の無い空間を作るというのは、本当に難しいことのようです。
ともあれ、建物は、展示品を潮風から守らなくてはいけません。
潮風から守る。というと閉鎖的なイメージですが、
外観はとても開放的な印象で、海辺の町のすてきなスポットとなっていました。
三渓園
三渓園は横浜の実業家・原三渓の元邸宅。
京都・鎌倉などから移築した安土桃山~近世の建築が沢山あります。
いわば現物によるアーカイブですが、
重要文化財もあるのに、写真撮影可。
建物のいくつかは、レンタルして茶会などを行うことができます。
また、建物周りのランドスケープもとても作りこまれています。
隈研吾氏の YIEN EAST でも古い建築が住宅内に移築されていますが、
批評的に移築することや、使い続けること、というのは、
大変に優雅な保存だと思いました。
「エレメント」 構造デザイナー セシル・バルモンドの世界
「エレメント」 構造デザイナー セシル・バルモンドの世界
初台の東京オペラシティアートギャラリー にて、3月22日まで。
展覧会に関する印刷物はschtuccoの秋山伸、堤あやこのデザインで、
刈谷悠三がタイポグラフィを担当。
セシルバルモンドは1943年スリランカ出身の世界的な構造家。
著名な建築家と様々なプロジェクトを担当し、複雑で動的・有機的なデザインを実現しています。
セシルバルモンドは言わずもがな、我々学生時代の圧倒的なヒーローで、
製図室では、「ナンバー9」が回し読みされていたし、
リベスキンドと協働した、ロンドンのV&Aスパイラルとかは鼻血ものでした。
他の学校は分かりませんが、その頃人気があったのが、
ダニエル・リベスキンドやディラー&スコフィディオのプロジェクトやドローイングでした。
彼らのドローイングはとても美しいのですが、あまりに独特すぎるので、社会性では説明し難い面があります。
そんな中で、構造という翻訳を経ることによって、より開かれたアウトプットをしているお手本が、セシルバルモンドでした。
今から思うと、セシルバルモンドみたいな天才がいることで、
構造の分野ばかりがフォーカスされ、設備や環境、素材と言った話題に欠けていた、
かなり特異な時期だったような気もします。5、6年ぽっち前の話ですが。
展覧会の会場は3部で構成されています。
まず、会場に入ると、セシルバルモンドの思想を示す様々な自然の写真、スケッチが展示されています。

(Banners 2010 ※写真は東京オペラシティアートギャラリー提供)
身近に存在している自然や数学の中から、スケッチや図表を用いて、
その中にあるシステムを見つけ出していく、鮮やかな分析の過程を見ることができます。
2部では、H_edge(ヘッジ)という、チェーンとH型のアルミプレートを駆使して
組み上げられた立体が展示されています。
(H_edge 2010 ※写真はARTGALLERY提供)
チェーンとアルミプレートが巧みに組み合わされているので、一見して
どのように成立しているのかわからない、大変不思議な立体です。
(H_edge 2010 ※写真は東京オペラシティアートギャラリー提供)

(H_edge 2010 ※写真は東京オペラシティアートギャラリー提供)
また、Danzer(ダンザー)という、わずか4種類の四面体で構成された立体が展示されています。
(Danzer 2010 ※写真は東京オペラシティアートギャラリー提供)
表面が鏡面なので、光学的な効果も大変面白いです。
3部では、進行中のプロジェクトが展示されていて、
正直、このセクションが一番興味深い。
アニシュ・カプールの鏡面の彫刻の設計プロセスなど、とても面白くて、もっと知りたい。
構造デザインに今求められているのは、構造システム自体のイノベーションよりも、
設計全体のプロセスの中で、設備や素材、そして社会や法規と、どのように関わってゆき、より密接な関係を作るか、ではないか。
展覧会全体として、新しい形を立ち上げていくことにとても前向きで(構造家として当然なのですが)
なんだか励まされてしまいました。
初台の東京オペラシティアートギャラリー にて、3月22日まで。
展覧会に関する印刷物はschtuccoの秋山伸、堤あやこのデザインで、
刈谷悠三がタイポグラフィを担当。
セシルバルモンドは1943年スリランカ出身の世界的な構造家。
著名な建築家と様々なプロジェクトを担当し、複雑で動的・有機的なデザインを実現しています。
セシルバルモンドは言わずもがな、我々学生時代の圧倒的なヒーローで、
製図室では、「ナンバー9」が回し読みされていたし、
リベスキンドと協働した、ロンドンのV&Aスパイラルとかは鼻血ものでした。
他の学校は分かりませんが、その頃人気があったのが、
ダニエル・リベスキンドやディラー&スコフィディオのプロジェクトやドローイングでした。
彼らのドローイングはとても美しいのですが、あまりに独特すぎるので、社会性では説明し難い面があります。
そんな中で、構造という翻訳を経ることによって、より開かれたアウトプットをしているお手本が、セシルバルモンドでした。
今から思うと、セシルバルモンドみたいな天才がいることで、
構造の分野ばかりがフォーカスされ、設備や環境、素材と言った話題に欠けていた、
かなり特異な時期だったような気もします。5、6年ぽっち前の話ですが。
展覧会の会場は3部で構成されています。
まず、会場に入ると、セシルバルモンドの思想を示す様々な自然の写真、スケッチが展示されています。
(Banners 2010 ※写真は東京オペラシティアートギャラリー提供)
身近に存在している自然や数学の中から、スケッチや図表を用いて、
その中にあるシステムを見つけ出していく、鮮やかな分析の過程を見ることができます。
2部では、H_edge(ヘッジ)という、チェーンとH型のアルミプレートを駆使して
組み上げられた立体が展示されています。
(H_edge 2010 ※写真はARTGALLERY提供)
チェーンとアルミプレートが巧みに組み合わされているので、一見して
どのように成立しているのかわからない、大変不思議な立体です。
(H_edge 2010 ※写真は東京オペラシティアートギャラリー提供)
(H_edge 2010 ※写真は東京オペラシティアートギャラリー提供)
また、Danzer(ダンザー)という、わずか4種類の四面体で構成された立体が展示されています。
(Danzer 2010 ※写真は東京オペラシティアートギャラリー提供)
表面が鏡面なので、光学的な効果も大変面白いです。
3部では、進行中のプロジェクトが展示されていて、
正直、このセクションが一番興味深い。
アニシュ・カプールの鏡面の彫刻の設計プロセスなど、とても面白くて、もっと知りたい。
構造デザインに今求められているのは、構造システム自体のイノベーションよりも、
設計全体のプロセスの中で、設備や素材、そして社会や法規と、どのように関わってゆき、より密接な関係を作るか、ではないか。
展覧会全体として、新しい形を立ち上げていくことにとても前向きで(構造家として当然なのですが)
なんだか励まされてしまいました。
とても印象的なアート鑑賞について
今までいろいろな美術館に行った。
美術館に行く理由は、情報収集や気分転換、お付き合いなどいろいろあるが、
深く心に残るアート鑑賞というのはとてもプライベートなものだ。
確かあれは土曜日の午後で、その日予定していた打ち合わせが延期になってしまい、
その資料の準備なんかでちょっと疲れていて、手持ち無沙汰で、
一人で品川まで行って、原美術館でやっていたコレクション展を見に行った。
そこに名和晃平の彫刻作品"PixCell”があって、
確か一番奥の、裏庭から光の当たるアルコーブに置いてあって、
キューブの中に入ったシマウマが明滅していてとてもきれいだった。
本当に中にシマウマが入っているのか確かめたくなり、近づいていくと、
かなり傍まで行って初めて、中の剥製をしっかりと確認できるようになる。
その距離になってしまうと、剥製の生々しいディティールが分かるようになってしまい、
見なければよかったような、後ろめたい気持ちになる。
その一連のシークエンスが、心のエクササイズをしたような、
心地よい疲労感があって、心に残るアート鑑賞となっている。
とかく我々は、アートを批評の対象か創作のソースとして見てしまいがちだ。
その時は、本当にアートを娯楽として楽しめたと思う。
美術館に行く理由は、情報収集や気分転換、お付き合いなどいろいろあるが、
深く心に残るアート鑑賞というのはとてもプライベートなものだ。
確かあれは土曜日の午後で、その日予定していた打ち合わせが延期になってしまい、
その資料の準備なんかでちょっと疲れていて、手持ち無沙汰で、
一人で品川まで行って、原美術館でやっていたコレクション展を見に行った。
そこに名和晃平の彫刻作品"PixCell”があって、
確か一番奥の、裏庭から光の当たるアルコーブに置いてあって、
キューブの中に入ったシマウマが明滅していてとてもきれいだった。
本当に中にシマウマが入っているのか確かめたくなり、近づいていくと、
かなり傍まで行って初めて、中の剥製をしっかりと確認できるようになる。
その距離になってしまうと、剥製の生々しいディティールが分かるようになってしまい、
見なければよかったような、後ろめたい気持ちになる。
その一連のシークエンスが、心のエクササイズをしたような、
心地よい疲労感があって、心に残るアート鑑賞となっている。
とかく我々は、アートを批評の対象か創作のソースとして見てしまいがちだ。
その時は、本当にアートを娯楽として楽しめたと思う。
LIVE ROUND ABOUT「メタボリズム2.0」 ③池上高志 / pingpong / 藤本壮介
池上高志は、情報環境によってタイムスケールがとても短く、分断的になっている
ことを問題として提示する。
twitterに「なう」と書き込み、即時にコミニケーションを行う経験を日常的に行うことによって、
「今」の感覚が非常に短くなり、ロングスパンの思考が成立しにくくなっていると指摘する。
個々に分断されてしまった時間をつなぎ、タイムスケールの伸縮性を確保していくことが、
現代の課題と言える。
pingpongは「弱いネットワーク」を敷いてワークショップを行うことで、
決定へのプロセスにより柔軟性を付け加えることを試みる。
Twitterなどの「弱い」意思表示の集合によって、
多数決ではない、ゆるやかな決定を実践している。
藤本壮介は建築の空間を、近視的に、個々の独立性を確保しながら繋いでいくことによって、
多様なシーンを建物の中に導入していく。
Pingpongの試みも藤本壮介の建築も、Webという観点から見ていくと、
内容自体ではなく、数量や反復、関係性によって定義がなされていくというような特徴が抽出される。
ことを問題として提示する。
twitterに「なう」と書き込み、即時にコミニケーションを行う経験を日常的に行うことによって、
「今」の感覚が非常に短くなり、ロングスパンの思考が成立しにくくなっていると指摘する。
個々に分断されてしまった時間をつなぎ、タイムスケールの伸縮性を確保していくことが、
現代の課題と言える。
pingpongは「弱いネットワーク」を敷いてワークショップを行うことで、
決定へのプロセスにより柔軟性を付け加えることを試みる。
Twitterなどの「弱い」意思表示の集合によって、
多数決ではない、ゆるやかな決定を実践している。
藤本壮介は建築の空間を、近視的に、個々の独立性を確保しながら繋いでいくことによって、
多様なシーンを建物の中に導入していく。
Pingpongの試みも藤本壮介の建築も、Webという観点から見ていくと、
内容自体ではなく、数量や反復、関係性によって定義がなされていくというような特徴が抽出される。
