プロフィール

入江徹

カレンダー

2012/05

4月 < > 6月

S M T W T F S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のエントリー

12/03/30 22:17
red/white 第二期
11/12/07 21:22
red/white 写真
11/12/07 16:09
red/white
11/07/26 00:54
屋根の上の物体
11/07/21 12:04
骨組み
11/07/19 03:58
「けんちく展」(琉球大...
11/05/23 23:13
skins
11/05/03 03:47
久茂地の星空 ー久茂地...
11/03/22 23:22
南風原町立中央公民館 ...
11/03/19 21:44
南風原町立中央公民館 ...

最近のコメント

11/02/03 15:51
豊崎孟史
3年生設計課題発表会

最近のトラックバック

カテゴリー

ヒット数

  • 本日: 33 hits
  • 累計: 2678 hits
  • ※過去30日の累計を
    表示いたします。

RSS

rss1.0

rss2.0

red/white 第二期

年明けに図書館多目的ホールの第二期工事が完了致しました。




ブーツは靴箱では折り曲げて入れられたり
横に置かれたりしてキレイに見えないことが多いので、
なんとかブーツがキレイに見えるようにしてみました。




今回、掲示板をつくりましたが、
一部動きます。





動かして隣のスペースなどで並べ替え、
展示空間をつくりだすことができます。

写真は、小玉勝さんに撮影して頂きました。

red/white 写真

竣工写真です。

同じ形のテーブルが1ペアずつあり、
1つは赤、1つは白となっています。
6つの形で計12台のテーブルがあります。

図書館内で唯一談笑できるスペースとしてつくりました。

また、講演会、展示会などの各種イベントを
行うスペースとしても利用されます。











red/white

CG版です。
物体の重なり具合をテーマにしています。








屋根の上の物体

沖縄の住宅の屋根の上に、
とある物体がのっかっているのをよく目にします。

水タンクです。

断水対策のためと思われます。






まるいもの。


空に向かって伸びているもの。


コンクリート壁で囲われたもの。


一本足で立っているもの。

街を歩いているといろんな水タンクに出会います。

骨組み

戦後の沖縄では多くのRC建築物が建築されてきました。
それは、台風やシロアリに対する対処策のひとつでもあります。

戦後の米軍基地建設に多くの沖縄の技術者たちが従事しましたが、
そうした方々が、そこで得たRC建築物の建築技術を駆使しつつ、
さらに直射日光の問題などに対して応用しつつ、
基地外においても多くのRC建築物を建築していきました。

街中を歩いていると(街中でなくてもいいのですが)、
それらの痕跡を目にすることができます。











「米軍住宅」と呼ばれる平屋建て住宅に見られる
形状的特徴でもあるのですが、
スラブや柱の形状がそのまま外部に浮かび上がっています。
外部に突き出したスラブに関しては、
そのまま庇としても機能させています。

戦後から1972年の復帰までの期間に多くつくられてきた
建築形状だとは思いますが、
復帰後、現在においても結構このような建築物が建築されています。

これも、現代の沖縄の特徴のひとつとも言えます。

「けんちく展」(琉球大学3年)

琉球大学環境建設工学科建築コース3年生による
建築課題作品展「けんちく展」が開催されました。
 日時:2011年7月9日(土)ー7月18日(月)11:00ー20:00
 場所:LEQUIO(沖縄県宜野湾市)





この展覧会は、選択科目の設計課題をとっている
3年生たちが自主的に開催したものです。

「LEQUIO」さんというブティックのスペースをお借りして
2年生や3年生の時の課題で提出した作品を、
この展覧会のためにまとめ直して展示していました。

この学年は、毎回の課題において非常に盛り上がりながら
作業をしています。

彼ら彼女たちにとってのこの展覧会の意義は、
今後、建築設計に一直線に向かっていくための序章なのか、
それとも、
これを思い出に、あと少しで建築設計を終わらせるための記念企画なのか、
動向を眺めていようと思います。

もし、建築設計に夢を感じて続けていこうとするのなら、
継続は力なり、気持ちも行動も継続していってほしいです。



skins

少し前の竣工になりますが、
学内につくらせて頂いたカフェをご紹介致します。

薄暗く誰も寄りつかない空間に、
学生たちが寄りつくようにするためカフェをつくりました。


CGイメージ

白い空間の中に、学生たちが背を向けることなく
向き合えるよう計画しました。


写真撮影:入江徹

白い空間の中に光が差し込んできて反射するので、
ライトをつけなくても基本的には明るいです。


写真撮影:小玉勝

大学の中で通常ゼミを行うのは、
研究室やゼミ室といった閉ざされた空間ですが、
学内においてカフェ等でもゼミや発表会ができるようにしたい
という想いを込めてつくりました。
実際に、ゼミや発表会でも利用しました。
壁が白いので、スクリーンを利用しなくても
プロジェクター投影が可能です。


写真撮影:小玉勝

空間の中に入り込む影は、時間帯によって違うため
常に空間の雰囲気が変化します。


写真撮影:小玉勝

ちょくちょく覗きにいきますが、
特に昼食時間には学生が多くみられます。

その他の時間でも、自習スペースとしても活用されています。

これからも多くの学生や教職員の方々に
利用して頂ければと思っています。


久茂地の星空 ー久茂地公民館・図書館 その2ー

「久茂地公民館・図書館」のつづきです。

この建築物は近々取り壊しの危機にあるということなので、
ちょくちょく写真を撮りに行っています。





正面のファサードや上部の2つのドームも特徴的なのですが、
力強い側面や、穴の空いた階段室もインパクトがあります。





1966年に竣工した古い建築物で耐震上問題があるということで
取り壊しとのことなのですが、非常に残念です。

前倒しで閉館の期日が4月30日ということになり、
29(金)と30(土)に最後のプラネタリウム上映会が行われていました。

予約が殺到したということで、上映回数が増設され、
それでもおさまりきらないということで前日の29(金)にも
上映会を増設して対応していました。

それだけ多くのひとたちに親しまれているということですね。



南風原町立中央公民館 その2

沖縄の建築物をまわって最近特に、
「沖縄のいい建築物には、いい影がある」
と思うようになりました。

海に囲まれ海風の吹く沖縄だから風を取り入れようということは
多くの建築家が考えることだと思います。
しかし、沖縄のような日射しの激しい場所では、
単に風を取り入れても、その風が日に照らされて暑くなっていれば
建築物内部に暑い風がきてしまいます。
一方で、影のもとで涼しい空気が風により建築物内部に取り入れられた時には、
非常に心地の良い状態になるのです。
当然、影で満たされた空間自体も夏でも涼しい状態です。
この、影と風が沖縄における建築物において重要なのだと思います。
この建築物でも、影になっている部分を見つけることができます。









象設計集団による「名護市庁舎」は、その様式性において注目されることが多いですが、
ここで述べてきた影と風がある建築物のひとつでもあるのです。

他の建築物の話になりますが、
沖縄はもともとの風土上はこのようなことが言えるのですが、
残念なことに、場所によっては米軍の軍用機の爆音・地響きにより、
窓をあけることが困難で、二重窓仕様になる場合が多々あります。
そうした計画上の問題も、
沖縄の地域性、時代性と言えるのではないでしょうか。

話を戻します。
「南風原町立中央公民館」はそろそろ取り壊し予定とのことです。
写真でもお分かりのように、
確かにコンクリートが剥離している部分もあります。



この時期の建築物が取り壊されていくことは
仕方のないことなのかもしれませんが、
沖縄の本土復帰近辺の激動期の建築物が
次々となくなっていくことは淋しくもあります。

南風原町立中央公民館 その1

「南風原町立中央公民館」をご紹介します。

読みにくいですが「はえばる・・・」と読みます。

設計は金城信吉さん(共同設計)です。
竣工は1977年。



金城信吉さん(1934~1984)は、沖縄の建築家です。
前にご紹介した「風樹館」の設計者でもあり、
「那覇市民会館」の設計者としても有名です。

この建築物もそうですが、
金城信吉さんの建築物を見ていつも思うのは、
素材の使い方が特徴的であるということです。









沖縄は1972年に米軍統治下から日本本土へ復帰しました。
その頃の沖縄の建築界では、戦後米軍基地建設にかり出されたことにより
技術者のRC施工技術が向上しました。
そうした中で、沖縄という直射日光や台風というものにも耐え得る
施工が試行錯誤の上に成立してきました。
こうした沖縄建築におけるモダニズム過程が存在し、
そこには沖縄という歴史および環境の上に成立する地域性が築き上げられました。

このようなことを背景にして、金城信吉さんは、
モダニズム建築を沖縄という地に、どのように成立させるかということを考え
実践した人物であると思います。
それが、彼独特の素材の使い方にあらわれています。


つづく

1 2 次ページ