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0003 街の記憶は人の記憶 20110214
分かち難い場所には、
必ず人の存在があります。
ビルが解体されて
更地になったとき、
そこが以前なんであったか、
思い出せない、というのは、
誰にもよくあることでしょう。
けれども、
個人的に思い入れや記憶がある場合は、
強い喪失感を伴って、
あるいは、時間を一気に遡って、
自分と場所(建物)を結びつけられます。
人との記憶は、ほんとうに強烈です。
建物にはそれほどの力はありません。
ただ、
人をたくさん惹きつける、
そこに人が集まりたくなる建物、
というのがあり、
そこでたくさんの時間が
積み重ねられていった結果、
建物は街の風景となり、
人びとに愛され、残っていく。
人びとの暮らしの、
背景であり、舞台としての建物。
街は、人と社会を如実に映しています。
ふと、通りがかった街の景色から、
ぼんやり思い浮かんだことでした。
画像はただイメージなのですが、
もうすぐ開業する博多駅前にある、
西日本シティ銀行(設計:磯崎新氏)です。
こんなアングルで拝見するの、
初めてだったもので。
0002 幕出し 20110126
所用があり、週末は筥崎宮へ出向きました。
スタッフ全員でお参りした初詣以来。
お仕事上の必要と個人的興味が相俟って、
権宮司(次の宮司さん)から、
参道の歴史的な変遷について伺いました。
明治時代以降、神仏分離や国家神道との考えにより、
いったん、内務省神社局の管轄下に置かれるものの、
戦後はGHQの神道指令によって解体されて、、、
と、時代の流れに翻弄されてきたそう。
参道も国有下では公道として扱われていたり、
(そのころは車がどんどん通っていたとか)
いろいろとその影響を受けてきたわけです。
そんな中、「幕だし」ということばに耳が止まりました。
毎年9月の中頃、筥崎宮では、
博多三大祭りの一つ、放生会が開催されます。
約1キロの参道には数百の出店が軒を連ね、
1週間に渡ってほんとに「ハレ」の景色が展開されます。
去年の放生会で久しぶりにそぞろ歩きをして、
どういう起源でこのようなスタイルができ、
どうやって全体の組織運営が成り立っているのか、
子どもの頃は感じなかった疑問と興味が湧いていたところでした。
その答えのひとつが、「幕だし」。
昭和初期ぐらいまで行われていた風習で、
(近年また復興しようという動きもあるよう)
夏の暑さも凌ぎやすくなってきたこの時期に、
白砂青松と呼ばれた松原に親類縁者が集まっては、
その家々自慢の柄の幕を松の木に張り巡らし、
飲めや歌えの宴会がそこここで行われていた、といいます。
そしてこの集まりが、もうひとつの三大祭りである、
7月の山笠を支えたごりょんさん(奥さん)たちの
慰労会を兼ねている、というつながりもおもしろい。
放生会というお祭りは、
日本全国にあると思うけれど、
こういうつながりになっているのは、
なんだか博多っぽいような、、、
さておき、
たくさんの人が集まる幕の隙間を縫って、
商売をしようという輩が出てくるのも自然なこと。
より、祭りの賑わいを演出していたことでしょう。
しかし、
大家族や地域の解体とともに「幕だし」は消え、
出店の商売が残った、という顛末。
(若干想像も含みます、、、)
そういえば、伊東豊雄さんが理想の建築を尋ねられて、
幔幕が張り巡らされたような場、とお答えになっていたのを、
洒脱なスケッチとともに、本だかテレビだかで見た気が。。。
「幕だし」、ぜひ一度やってみたいですねー。
なんて、なんとなくぱっとお目出度い話題に向かうことにして、
遅ればせながら本年もよろしくお願いいたします。

※画像は現代の放生会。同じ幕でもテント。
スタッフ全員でお参りした初詣以来。
お仕事上の必要と個人的興味が相俟って、
権宮司(次の宮司さん)から、
参道の歴史的な変遷について伺いました。
明治時代以降、神仏分離や国家神道との考えにより、
いったん、内務省神社局の管轄下に置かれるものの、
戦後はGHQの神道指令によって解体されて、、、
と、時代の流れに翻弄されてきたそう。
参道も国有下では公道として扱われていたり、
(そのころは車がどんどん通っていたとか)
いろいろとその影響を受けてきたわけです。
そんな中、「幕だし」ということばに耳が止まりました。
毎年9月の中頃、筥崎宮では、
博多三大祭りの一つ、放生会が開催されます。
約1キロの参道には数百の出店が軒を連ね、
1週間に渡ってほんとに「ハレ」の景色が展開されます。
去年の放生会で久しぶりにそぞろ歩きをして、
どういう起源でこのようなスタイルができ、
どうやって全体の組織運営が成り立っているのか、
子どもの頃は感じなかった疑問と興味が湧いていたところでした。
その答えのひとつが、「幕だし」。
昭和初期ぐらいまで行われていた風習で、
(近年また復興しようという動きもあるよう)
夏の暑さも凌ぎやすくなってきたこの時期に、
白砂青松と呼ばれた松原に親類縁者が集まっては、
その家々自慢の柄の幕を松の木に張り巡らし、
飲めや歌えの宴会がそこここで行われていた、といいます。
そしてこの集まりが、もうひとつの三大祭りである、
7月の山笠を支えたごりょんさん(奥さん)たちの
慰労会を兼ねている、というつながりもおもしろい。
放生会というお祭りは、
日本全国にあると思うけれど、
こういうつながりになっているのは、
なんだか博多っぽいような、、、
さておき、
たくさんの人が集まる幕の隙間を縫って、
商売をしようという輩が出てくるのも自然なこと。
より、祭りの賑わいを演出していたことでしょう。
しかし、
大家族や地域の解体とともに「幕だし」は消え、
出店の商売が残った、という顛末。
(若干想像も含みます、、、)
そういえば、伊東豊雄さんが理想の建築を尋ねられて、
幔幕が張り巡らされたような場、とお答えになっていたのを、
洒脱なスケッチとともに、本だかテレビだかで見た気が。。。
「幕だし」、ぜひ一度やってみたいですねー。
なんて、なんとなくぱっとお目出度い話題に向かうことにして、
遅ればせながら本年もよろしくお願いいたします。
※画像は現代の放生会。同じ幕でもテント。
0001 人と建物 20101215
斉藤昌平です。
福岡市の東区にある、箱崎という神社町の一角から、
地域と日常にある人と建物、民俗などを、
発信することから始めてみようと思います。
人間の活動のひとつの結果として、建物や街があり、
街や建物が、人間の活動のひとつの契機となる。
人と建物は、なんだか鏡のような、表裏一体のような。
そうしたことをまざまざと感じさせられることのひとつは、
出来上がった建物へ寄せられるクレーム。
いきなりネガティブな匂いのする話題ですが、
一番ダイレクトに、人と建物の摩擦関係が見えてきます。
思い違い、勘違い、すれ違い、見通しの甘さ、
ありとあらゆるプロセスの結果が現れます。
つくるときにも、つくったあとにも。
(もちろん反対に、いい方然り)
時代時代に経験する数多の摩擦を乗り越えて、
千年後の今に至るわが町の、筥崎宮はすごいなぁ、
と、単純ながらつくづく思うわけでして。
この町の、最古の住人。背骨であり、根や幹である。
古いものに感じる美、古美るということは、
乗り越えられてきたたくさんの摩擦への、
また、それらを許容してきた懐の深さへの、
畏怖の念でもあるのかもしれません。

(Photograph by Kohei Saito)
福岡市の東区にある、箱崎という神社町の一角から、
地域と日常にある人と建物、民俗などを、
発信することから始めてみようと思います。
人間の活動のひとつの結果として、建物や街があり、
街や建物が、人間の活動のひとつの契機となる。
人と建物は、なんだか鏡のような、表裏一体のような。
そうしたことをまざまざと感じさせられることのひとつは、
出来上がった建物へ寄せられるクレーム。
いきなりネガティブな匂いのする話題ですが、
一番ダイレクトに、人と建物の摩擦関係が見えてきます。
思い違い、勘違い、すれ違い、見通しの甘さ、
ありとあらゆるプロセスの結果が現れます。
つくるときにも、つくったあとにも。
(もちろん反対に、いい方然り)
時代時代に経験する数多の摩擦を乗り越えて、
千年後の今に至るわが町の、筥崎宮はすごいなぁ、
と、単純ながらつくづく思うわけでして。
この町の、最古の住人。背骨であり、根や幹である。
古いものに感じる美、古美るということは、
乗り越えられてきたたくさんの摩擦への、
また、それらを許容してきた懐の深さへの、
畏怖の念でもあるのかもしれません。
(Photograph by Kohei Saito)
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